第13話 いざ合流

 買い物の翌日、詰所の玄関口で私たちと合流したリュミエルさんは随分とご機嫌な様子だった。


「お、マナさんの衣装いいじゃないか。似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」


 それまで着ていたのはサリアさんから借りていた騎士団の制服を一部女性向けに改造したものだ。彼女と私では身長差があったので、ロングパンツのすそを折り曲げて履いたり、スカートにベルトを合わせて調整していた。

 今は短めのパンツにレギンスを組み合わせた服装だ。髪の毛も後ろで一つにむすんだので、森の中でも動きやすいはず。

 それに加えて今日の私は肩から大きなカバンをかけている。重さと中身にヒースさんからは代わりに持つことを提案されたが、そうしたら万一の時に彼が動けなくなってしまう。自分が持っていくと決めたものだったのもあってそれだけは譲れなかった。


「その恰好ならアイツの開幕お説教も免れそうだしなぁ。助かったよ」

「……その宮廷魔導師さんってどんな方なんですか?」


 私の服装一つでリュミエルさんががみがみと叱られる姿……正直想像がつかない。ヒースさんとメッドさんの方を見れば、メッドさんが一瞬視線をそらしてからこちらを見返した。


「優秀な人材ではある。国の魔法使いの中でも頂点に等しい立場だ。……ただ、独特の性格というか、美学を持っていてな」

「お。そんな噂をしてたら来たみたいだぞ」


 ばさりと大きな羽ばたきと、私たちを覆うほどに大きな影が横切る。見上げれば四頭の天馬に引かれた大きな馬車が宙をめぐっていた。思わず大口を開けていれば、それはゆっくりと旋回していき、開けたスペースに降りてくる。


「よ、ディノクス。前の四大復活時の対応以来だっけ?」


 リュミエルさんが手をあげれば、天馬車の扉が開く。中から現れたのは薄紅色の髪を結いあげた長身の男性。ゆったりとしたローブは随所に刺繡を凝らされている。中性的な美しさを印象づける服装と、ヒースさんを超すほどの体躯が印象深い人だ。


「久しぶりねリュミエル。まったく、アンタが今更アタシを呼び出す必要なんてある? どうせアンタ一人でどうとでも解決できるでしょうに」

「心外だな。俺にだって手を焼くことの一つや二つや三つあるよ」

「一桁で終わらせてんじゃないわよ」


 小気味よいテンポでのやり取りを呆然と眺めていると、リュミエルさんの掌が急にこちらへと向けられる。


「で、こっちが手紙に書いてた例の子、マナさん」

「!?」

「あら、この子が? ふ~ん……」


 ずい、とディノクスさんの顔がこちらへと近づいてきた。品定めのような視線に全身に意味もなく力が入ってしまう。こげ茶色の瞳と目を合わせられない。彼が身にまとっているであろう化粧品や香水の匂いは元の世界と似ているなと意味もなくそんなことを思ってしまった。


「……顔立ちは文句なし、服装も、まあいいでしょう。……にしてもリュミエル! アンタ年頃の女の子なんだから化粧の一つくらいさせてあげたらどう!?」

「ひゃっ!?」


 突然ディノクスさんに両頬をつかまれて悲鳴を上げる。幸か不幸か、いや幸いではないのだけれど。怒鳴り声を向けられている先はリュミエルさんの方で。


「別に禁じてはいないんだけどな。本人が望んでないなら無理にさせる必要はないだろ」

「甘いわね。ワンポイント入れてあげるだけでもこういう子は化けるのよ、せめて化粧水くらいカナン印の物を使わせたげなさいよ」

「ああああの、私そう言うのよく分からなくててて……」


 何を言えばいいか思考がまとまり切らぬまま、目の前のやり取りを止められればと口を開けば、後ろ側に引っぱられる感触。ヒースさんが私を庇って半歩前に出てくる。


「……彼女が困っている。止めないか」

「あら、アンタはリュミエルの拾い騎士その一じゃない。コイツもほんと奇特よね、をわざわざ自分の手元に置くんだから」

「っ……!」


 先ほどまでのむず痒い空気が一気に張りつめる。剣呑とした視線をディノクスさんに向けるヒースさんは、今にも剣を抜きそうだった。それを受けるディノクスさんも、腕を組んだ姿勢ながら圧が一層増す。

 それを止めたのは、大きく手を鳴らしたメッドさんだった。


「やめないか。今回の本題は鶏蛇君主コカトリクスの発見及び対処だ。優先事項を忘れた小競り合いをするならさっさと帰れ」

「アタシの任務依頼はアンタじゃなくてお国からなんだけどぉ!?」


 盛大に唇を尖らせたディノクスさんだったが、意識がそちらに向いてくれたのは間違いなく。ヒースさんの剣の柄に置いていた手の力が弱まったことに私も息を吐き出した。


「あ、ありがとうございます。メッドさん」

「お前のために言ったことではない。仕事のためであり中隊のためだ」


 メッドさんに頭を下げれば、アメジストの鋭利な瞳が向けられる。


「クラコシマナミ、お前がこの半月間妙な動きをしていないことは理解している。スパイではないという言葉は信じよう」


 ありがたい言葉ではあるが、頷く精神的な余裕が私の方にない。それほどまでに理知的な瞳は鋭さを緩めなかった。


「だが、先の天馬の一件は理解しがたいのも事実だ。黎属れいぞくを果たしたという話だが、草食で比較的温和な天馬スカイヒプと、人を好んで襲う鶏蛇君主コカトリクスを同じものだと認識していては命がいくつあっても足りんぞ」

「き、気をつけまふ……」


 圧力にろれつが回らない。冷や汗を垂らしながら何度も首を縦に振った。


「口で言うのは簡単だがな。依頼の時の勢いといい……」

「メッド」

「……ちっ。文句があるならお前が手綱を握っていてやれ、ヒース」


 先ほどのディノクスさんとのやり取りよりはずっとやわらかいヒースさんの窘めに、メッドさんが肩をすくめた。

 ──前回の天馬探しの時よりも頼りになる腕前をもつ皆さんだというのは分かっているけれど。出かける前から不安でいっぱいになるのはなんででしょうか……!

 

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