第12話 街中でのひと時

 騎士団の詰め所がある場所から天馬に乗って半日。この辺りで一番大きな街、ランディスタへと私たちは足を踏み入れた。高台から遠くを見れば、広大な湖が見えるこの街は多くの人が行き交っている。


「……人が……いっぱいですね」


 そんな中私は大通りの片隅でカチコチに固まっていた。

 ──いえ、弁解をさせてほしいんです。生まれてこの方北の大地の牧場に行くために飛行機に乗って以来、人ごみらしい人ごみに足を踏み入れることなんてありませんでしたから。

 誰にともなく内心で言い訳をしている傍らで、ヒースさんも油断なく辺りを見渡す。先日共に森の中に行ったときよりもよほど、厳しい顔つきであたりを警戒していた。


「マナミ、離れないように」

「は、はひ……怖くて絶対離れられないです」


 今だってヒースさんの服のすそから手を離せない。はぐれてしまったが最後、再び出会える自信はなかった。


「いっそ見つかりませんでしたってこのまま詰所に帰ったら駄目でしょうか……」

「……リュミエルのことだ。笑顔でもう一度送り出されるのが目に浮かぶな」

「うぅう……」


 この世界に来てからはじめての難題に思わず呻き声がもれてしまった。助けを求めるようにヒースさんを見上げれば……意外なことに、彼の方も眉を下げて困惑しきった顔だ。


 何故だかその姿に迷子の黒柴が脳内で重なった。麿眉のあたりが下がり気味で困り顔に見えるタイプの。


「もしかして……ヒースさんもこういった街中、あまり慣れてないんですか?」

「……人は、苦手だ。騎士団はリュミエルがある程度群として統制をしているが、こういう場所は特に」


 人間というのは不思議なことに、自分と同じかそれ以上に困っている人がいれば少しだけ気を張るものだった。丸まりきっていた背筋が少しだけ伸びて、ヒースさんとの顔の距離が若干近くなる。


「じゃあ、私とおそろいですね。私も小っちゃい頃からこういうところが得意じゃなくて。人見知りって言うんでしょうか」


 初めて会う人、行くところに行くたびに丸まりこんでいたのだとため息を吐いて私に繰り返し話した人たちの姿が思い出される。そのくせ動物がいると知ったら、そちらに突撃する勢いで向かうからより大変だったと。


「だからはじめてこの世界に来た時も緊張していたんですけれど……ヒースさんにサリアさん、ガウスさんにリュミエルさん。騎士団の皆さんが優しくしてくださってるおかげでのびのびと過ごせてるんです」


 ありがとうございます、と改めてこの世界で助けてもらっていることに礼を言えば、ヒースさんは目のふちを僅かに赤くさせながらも下を向く。

 それまでずっと立ち止まっていた二人は、ゆっくりと足を動かしはじめた。人々は時折騎士団の服を身にまとうヒースさんに目を向ける。中には黄色い声をあげる人もいるけれど、隣にいる私の姿を見るとすぐにまた歩き出す。


「……大したことはしていない。それに、お前の場合はここで未知の動物を見れるのもモチベーションの一つだろう」

「それはもちろん! 今度森に行った時にもどんな子たちがいるか楽しみで……!」


 勢いよく口を開いてから、はっとする。

 ──うう、またやってしまいました。この勢いで話すせいで変な子と思われがちなのに。一気に周りと、ヒースさんの反応が気になってきた。


 しかしヒースさんは私の挙動を笑うでも不審がるでもなく、少しだけ唇を引き締めてから言い聞かせるような調子で口を開く。


「……お前の意思はわかった。だが、魔獣は人間に対して本能的な敵対意識がある。無闇に突っ込むようなことはするな」

「うう……努力します」


 似たようなことは元の世界でも言われていたけれど、この世界ではさらに危険な認識なんだろう。

 気は引き締めないといけないけれど……そんな風に危険なものだとは思ってほしくなかった。同じように犠牲になる魔獣を見たくないといってくれたヒースさんには特に。


「もちろん気をつけますけれど……実は私、この世界にはじめてきた時にグリフォンを見たんです」


 ヒースさんの息をのむ音は街中を駆け回る子どもの声にかき消された。変わらず歩きながら話す私は、その音には気づかないまま言葉を続ける。


「物語の挿絵で見た姿に似てましたけれども、それよりも黒い、宝石みたいな輝きで……。その時は怪我をしてたその子の手当てで必死でしたけれど」


 怪我は残っていないか心配だけれども、それを差し引いてもまた会いたいと思う存在だった。


「今でも思い返すと心が湧き立つくらいにすてきな存在だったんです。リュミエルさんに心残りについて聞かれた時、また会いたいって真っ先にその子について思い浮かぶくらいには。だから、もしヒースさんもその子について分かったら教えてくれたら嬉しいです! …………ヒースさん?」


 ようやく、私とヒースさんの間に大きな距離が開いていることに気がついた。立ち止まって振り向けば、数メートルほど後ろで立ち止まっている彼の姿が目に入った。


「す、すみません! 私一人で勝手に先に行ってしまって……」

「いや……マナミのせいではない」


 顔を手で覆いながら地面を見つめているヒースさん。よく見ればその頬は普段よりもずっと赤くなっている。


「ずっと外を歩いてましたし熱中症でしょうか……? 早くお店に入りましょう」


 ヒースさんを休ませている間に今日の買い物をすませて、早く戻るほうがいいかもしれない。腕を掴んで歩き出せば「自分で歩けるから……」と普段以上に声が小さいヒースさんの声だけが聞こえた。

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