第11話 大事の前の小事

 ──鶏蛇君主コカトリクス

 それは私が元の世界で知るバジリスクやコカトリスと非常に類似している存在らしい。鶏と蛇を掛け合わせたような見た目をしており、黒狗ブラックドックと呼ばれる魔獣に等しいくらいに狂暴で、人里に降りてくれば犠牲者が多数出ることは避けられない。


「その鶏蛇君主コカトリクスがマナさんを見つけた例の南の森、通称大老の森林に現れたという報せが入った。実のところ例の宮廷魔導師がこのタイミングでこれたのもそれが理由でね」


 両得の意味がようやく一つ理解できる。いえ、それにしては得に至るまでのリスクが高そうだけれど。


「マナさんは天馬の時も元の世界の知識をもとに色々助言してくれただろう? だから今回の種族がよく分からないタイプの魔獣に対してもいい知恵があるかと思って」

「私の世界でも蛇と鶏の合いの子みたいな存在はいなかったので、お役に立てるかは分かりませんが……」


 期待には応えられないかもしれない。むしろ足を引っ張ってしまうのではないか。その思いもあって視線は少しベーコンが残っている皿を見つめる。とっくに冷めてしまっていたけれど、片づけをするタイミングを失っていて。だからと言って今飲み込むこともできない。


 わずかな沈黙が、空間を支配する。


「ふむ、マナさんが怖いから会いたくないっていうなら無理にとは言わないけれど……」


 考え込むようなリュミエルさんの声に思わず立ち上がる。添えたつもりの手が思った以上に勢いが良くて、机をたたくような形になってしまった。


「そんなこと言ってません! だってコカトリスですよ! 児童書にも出てくるくらいには有名な伝説の生き物で、今の話を聞くとこの機会を逃したら見る機会なんてなさそうじゃないですか!?」

「蛮勇にもほどがあるが!?」


 メッドさんが耐え切れずに半ば叫んだ。私とメッドさんの言葉のどちらがツボに入ったのかは分からないが……両方かもしれない。どちらにしてもリュミエルさんが手を叩いて笑わないわけがなく。


「あっははは! いやぁ、マナさんって魔獣……というか動物かな。動物絡みになると一気にタガが外れるよな」

「リュミエル! お前今のはわざと分かってて言っただろう!」

「もちろん。マナさんは行っていろんな動物たちを見れる。俺たちは鶏蛇君主コカトリクスの対応のヒントを得られる。ついでに俺からしたらディノクス……くだんの宮廷魔導師にマナさんも紹介して相談ができる。完璧だろ?」


 ウィンクをしたリュミエルさんの姿は非常に絵になる。ジャンルが女性向けなのかコメディかは賛否が分かれそうだけれども。


 周囲の空気もリュミエルさんがそう言い出すなら仕方がないとどこか生ぬるい納得の空気が漂いはじめる。

 その中を通り抜けるように、こちらに近づいてくる男性の姿がいた。


「リュミエル……また彼女に無茶を」

「彼女の要望を聞いた上での決定だよ。心配せずともお前にも護衛兼対応をお願いするつもりさ、ヒース」

「そういう問題ではない。保護している立場に対して命の危険がある最前線に出すことへの苦言だ」

「今回は俺も行く。その上で危険があると?」

「…………」


 ヒースさんが押し黙る。苦言を呈しつつもリュミエルさんの力は認めているのだろう。それはこの隊共通の認識らしく、見守りに徹していた面々も少しずつ食事の皿を片付ける作業に入りはじめた。決定事項として進みそうな空気の中、深々と息を吐き出したメッドさんが改めて一歩前に出る。


「──今更貴様が言い出したことだ、後には引かんだろう。だが代わりに、こちらも同行させてもらうぞ」

「えっ」

「なんだマナミ、文句があるのか?」


 アメジストの瞳が睨みつけてくるのにすくみあがる。ヒースさんが間に入るように一歩踏み込んでようやくその瞳から目をそらせた。


「俺は別に構わないけどね。じゃあメンバーはマナさんとヒース、俺とメッド。あと一人二人連れて行ってもいいけれど……」

「……どう考えても過剰戦力じゃない? この組織のトップ3がそろい踏みになってるわよ」


 サリアさんがしみじみと呟いた。


「ふむ。じゃあ決定かな。明後日にディノクスと合流して巣に向かう予定だから、その前にマナさんには一つ重大な任務がある」


 それまでの笑みを一度ひそめ、真摯にこちらを見つめてくるリュミエルさんに反射的につばを飲み込んだ。

 ──先ほどの鶏蛇君主コカトリクスの話よりも重苦しい空気だが、いったい何を言われるのでしょうか。傍らに立っていたヒースさんが、緊張する身体を支えるように背中に手を添えた。


「……まさか、彼女一人にやらせるつもりではないだろうな」

「もちろんヒースも手伝ってくれるならこの上ない。なにせ我らが宮廷魔導師殿は気むずかしい。実際に会う前に出来ることはやっておかないと」


 と、言うわけで。そういって笑ったリュミエルさんは私たちの方へ革の袋を差し出してくる。先ほどまで一緒に緊張して生唾を飲んでいたはずのメッドさんは、何かを察したように肩をすくめてそのまま食堂の出口へと向かっていった。


「今から二人で街に行って、マナさんの洋服を買ってきておいで」

「なんでですか!?!?」


 いっそ二人で森に行って来いとか、蛇や鶏について勉強しておくようにと言われた方がましだったする。の一つと直面することになった私は、反射的に大声で叫んでいた。

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