鶏蛇君主編

第10話 魔獣の脅威

 先日任務で無事に黎属を行った天馬総勢十八頭。当然ながらそのすべてを騎士団で管理することは難しい。一件の出来事から二週間後、朝食の席の話で彼らの引き取り先が決まったという知らせをようやく受けることとなった。


「魔法学院に寄贈……ですか」

「妥当な線でしょうね。リュミエル中隊長が構築したならほぼ問題ないとはいえ、黎属の呪文の影響は確かめないといけないもの」


 隣の席のサリアさんの話に首を縦に振る。

 騎士の皆さんはここに住んでいる人も多く、室内は賑わっていた。家族がいるガウスさんみたいな人は、ここから少し離れた家に家族と暮らしているみたいだけれど。

 きつね色よりも濃い色に焼かれたパンとサラダ、ベーコンが目の前に置かれている。卵は元の世界よりもずっと高級らしくて、基本的な朝ご飯と言えばこの組み合わせだった。


「それにしても、マナミちゃんもここに来てもう半月以上立つのよね。リュミエル中隊長ってば、まだ宮廷魔導師さまとは連絡が取れないのかしら?」

「ちょうど別の急ぎの仕事があるらしいですし、仕方ないですよ」


 何より……私自身ここの生活が楽しくなっているのも事実だった。天馬の世話はもちろん、風哭きの林には騎士の人と共に行く許可も降り、一角兎アルミラージ銀角鹿シルバーディーアを遠目から観察する機会も何度かあった。


「ふふ、マナちゃんがこの世界で楽しく過ごしてくれてるなら嬉しいわ。でも困ったら遠慮なく言うのよ。メッドの奴とかにいじめられたりしてない?」

「メ、メッドさんは……」

「言いがかりをつけるのはやめてもらおうか。サリア=ハーバース」


 凛とした声に反射的に背筋が伸びる。白い髪とアメジストの瞳はこの世界で初めてあった時から変わらない氷のような印象を受ける。


「あら、朝の弱いアーノルドさまがこの時間帯にいるとは思いませんでしたわ」

「とってつけたような物言いはやめてもらおうか。単にここしばらくいなかったのは王都に任務で行っていたからだが?」


 ……見えない火花が散っている錯覚が見えた。先ほどまでの香ばしい朝食のパンが、急に空虚な味になった気すらする。


「こらこら、メッドもサリアも。マナさんの目の前でそんなバチバチやったら怖がらせるだろ?」

「リュミエルさん……」


 極寒地獄に太陽の笑みをたたえた青年が現れた。全く動かせなかった筋肉がようやく動作をはじめる。


「マナさんおはよう。例の宮廷魔導士のやつがようやく空きが出来そうでね。明後日にはこっちに来てくれるってさ」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「まあ、アイツが来てうまくいけばとんとん拍子に帰る方法は見つけられると思うけれど……逆に、こっちでの心残りがないようにしておきなよ?」


 見たいものとかやりたいものとかさ。笑うリュミエルさんにメッドさんが渋い顔を見せた。


「それを口にして誰が叶えるというんですか……」

「面白そうなら俺が?」

「仕事を優先してください」


 さめざめとしたアメジストと白銀の青年の言葉に口は重くなる。けれどもそれに気が付いたサリアさんが「いいからいいから。あの頑固者は放っときなさいな」と軽い調子で手を振った。


「ええと……無理かもしれないですけれど、色々なこの世界ならではの動物を見れたらと思ってます」

「マナさんは本当に動物が好きなんだな。風哭きの林以外でこの近隣だと南の森か、少し離れていいなら湖の方か……ちなみにみたい動物とかっている?」

「どんな動物がこの世界にいるのかまだ詳しくはわかりませんけれど……私の世界にいないけど有名なのと言えば人魚とか、妖精でしょうか。あ、グリフォンやドラゴンは見てみたいです!」


 特にグリフォンは、この世界に来ておそらく最初に見た存在だ。黒く美しい翼を思い出せば自然と胸が弾む。手を打って例をあげてから……数秒ほどしてようやく、食堂がやけに静まり返っているのに気が付き、心臓が早鐘を打った。


「え、……え。すみません、私もしかして変なことを言ってしまったでしょうか……!?」

「い、いえ。そうじゃないのだけれど……」

「はぁ……世間知らずはこれだから」


 サリアさんですら苦笑する中、メッドさんが自らの眉間に出来たしわに手を当てる。盛大なため息を吐きだしながらも口を開いた。


「人魚や妖精とやらは知らんが、この世界でのグリフォンやドラゴンは一筋縄ではいかん存在だ。ドラゴンは数が多いが、母龍である檎母龍ロゼリアドラゴンを崇め人を忌み嫌う。グリフォンは逆にただ一柱……鎧鷲獅子アウラグリフォンのみが存在を確認されているが、それもまた四大魔族に数えられている」

「四大魔族……です、か?」


 周囲からもひそめきが聞こえるのに、悪意がないと分かっていても身がすくむ。


「……魔獣たちが信奉し、膝をつく存在。四の柱として奉じられるそれらを四大魔族と呼ぶ。明確に人間に敵意を抱き、滅ぼそうとする存在だ。──そのうちの一柱、鎧鷲獅子アウラグリフォンはかつてそこのお前の隣にいる男が討伐すらしている」

「え……っ」


 息をのんで隣を見れば、リュミエルさんの笑みは変わらない。変わったものがあるとすれば、それは私の視方だった。現に彼は笑いながら肩をすくめる。


「いやぁ、どっちが勝ってもおかしくない名勝負だったんだよなぁ。あのグリフォンとは次にあった時に良い酒を酌み交わせる気がしてるよ」

「呑気に言うな! その後しばらくの間行方知れずになっていたのを忘れたのか」


 メッドさんが咎めるような声を今度はリュミエルさんへと向ける。……もっとも、彼がそれで堪えるかというとそうとはこの部屋にいる誰も思っていないのだけれど。


「まあまあ、今ここに俺はいるわけだし問題ないだろ? あ、マナさん。そういうわけでさすがにグリフォンやドラゴンは難しいと思うけど、尾が三本ある三尾狐ルタフォックスとか、全身緑色の緑鷲グルーイーグルなら南の森にいると思うよ」

「本当ですか!? 見てみたいです!」


 見たことも聞いたこともない動物の存在に、先ほどまでの硬直もどこかへと飛んでいく。目を輝かせて食いついた私に三者三様の反応を見せる。サリアさんは目を丸くして、メッドさんはとっておきの渋面でため息を吐き、リュミエルさんはウィンクした。


「よし、じゃあ次の仕事のお手伝いは五挙両得ってことで。大老の森林体験ツアー ~鶏蛇君主コカトリクスと仲良くなれるかな大作戦~だ!」

「はい! …………はい?」


 勢いで返事をしてから首をかしげる。最初の選択肢になかった動物を出されたような……いえ、コカトリクスとはもしかして、コカトリスのことだろうか?


「中隊長!?」

「当たり前のように危険度の高い魔獣に話をすり替えるな!!」


 ──サリアさんとメッドさん、普段は気が合わなさそうだけれども二人とも呆れた顔が似ているなぁ。どこか思考が遠くにいきかけたところで、食堂中から大きな混乱の声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る