第15話 換羽と方針

鶏蛇君主コカトリクスが換羽期……そうすると何が変わる?」


 メッドさんがいぶかしむ様子に喉がひっくり返りそうになりながら言葉を紡いでいく。


「え、ええと。あくまでこれは普通の鶏の話なんですが……秋、涼しくなった季節に羽根が抜け替わる時期があって、その時期は卵を産まなかったり、体調を崩しやすかったりして、だから栄養価の高いものを求める傾向にあるんです」

「栄養価の高いもの……」


 騎士三名の顔が見合う。三者三様ではあるが、笑みを浮かべている者は誰もいない。


「魔獣にとって栄養価がってなったら人間にならない?」

「……やはり斬るか」

「はいはい落ち着いて落ち着いて」


 ディノクスさんの言葉に抜刀しかけたメッドさんをリュミエルさんが制したのを見て縮み上がっていた心臓が少しだけ脈動を再開した気がする。先ほどから心臓に悪い光景が続いている気がする。


鶏蛇君主コカトリクス自身が人間を優先的に襲うのは魔獣としての本能あってだ。普段は他の草食の魔獣を食らって生きているわけだしね」

「…………おい、リュミエル。まさかお前、鶏蛇君主コカトリクスを生かして捕まえようなどと馬鹿なことは考えていないだろうな?」

「ハァ!? 本気!?」

「宮廷魔導師殿、声をおさげください」


 ヒースさんの熱のない促しに沸騰しかけた空気が収まりかける。もっとも、そこに油どころか起爆剤を投入するのがリュミエルさんと言う人なのだけれど。


「いやだなぁ。当たり前じゃないか!」

「当たり前じゃないが!? 一歩間違えたら人死にが出てもおかしくないと理解しているんだろうな貴様!」

「……がいて、メッドは誰かが死ぬ可能性を恐れるっていうのかい?」


 笑みを消さぬままリュミエルさんが胸元に手を当て、低い声で尋ねる。


 ──正直なところを言えば、私にはリュミエルさんがどれくらいすごい方なのかは分かっていません。けれども彼のその言葉で全員が息を飲むくらいには、実力を信頼されている人なんでしょう。

 皆の沈黙という名の否定を受け止めて、リュミエルさんは満足げに頷いた。


「今回はある種のテストなんだよ。黎属れいぞくの術式があの狂暴な鶏蛇君主コカトリクスにも効いて、その子や孫にも術の影響が残るなら今後多くの被害を減らせるだろう?」

「……そもそも掛けること自体が最大の難点だろう。以前の実験でひたすら逃げられていたのを忘れたのか、リュー」

「うん。だから警戒を解くのはメッドとヒース、マナさんの役割だ。魔法をかけるのはディノクスに任せていいだろう? いざとなったら俺もサポートするし」


 翠の瞳が向いた先、長身の麗人は髪をかき上げて息を吐いた。


「はぁ、アンタの思い通りってのはシャクだけど……元々対処の命令でここに来てるわけだし、構わないわよ」

「はは。助かるよ。……あ、ちなみにこれは零れ話だけど、鶏蛇君主コカトリクスの卵は毒がないし栄養価も満点らしいよ。美容に効く成分もたっぷりだってさ」


 おまけとばかりに添えたリュミエルさんの言葉に、焦げ茶の瞳が妖しく輝く。


「へぇ……? ってことはうまく家畜化できれば卵が取り放題ってこと……よし、ヒース、マナ、メッド! 気張りなさい!」

「は、はい!」


 舵を一気に捕獲へときったディノクスさんに反射的にうなずきを返す。名前を呼ばれた残る二人は、返事の代わりに細く息を吐き出した。



 ◇ ◆ ◇



「狂暴な魔獣ということですし、こちらの姿を見てしまったら一気に興奮する可能性もあるんですよね。逆に体力が少ない分、うまく何か……例えば眠らせるような手段はあったりしますか?」


 具体案を詰めようと皆さんに質問をする。動物については多少なりとも知識があっても、この世界特有の魔法についてはさっぱりだからだ。


「魔獣用の生理的変質魔法はある。……生理的変質というのは、相手の本能的な欲求をかき乱したり、あるいは五感に作用する術式だな」

「以前天馬スカイヒプで、俺が使用していた呪文だ」


 メッドさんの説明をヒースさんが補足する。ただ、と彼はそのまま茂みの向こうにいる鶏蛇君主コカトリクスの方へと視線を向けた。


「距離が遠いほど呪文の効果は遠くなる。天馬スカイヒプ鶏蛇君主コカトリクスでは元の狂暴性が違うから、効果はあまり期待できない」

「え、ええと……それでは、熱の変化を隠すような魔法はありますか?」

「熱?」


 ディノクスさんが瞳を瞬かせる。


「はい。蛇は周囲の温度差を見ることで何が周りにあるのかを判断するんです。……首から上は鶏なので視力はそんなに高くないかもって思ったんですが、首から下は蛇のウロコがありますから。両方の対策をすればもう少しくらい近づけるかなって」


「……試す価値はあるわね。ここに来る前に鶏蛇君主コカトリクス討伐の記録を何件か確かめてたけど、姿を隠しても存在に気付かれたっていう証言もあったもの」

「なら熱変化の術式は俺が使用しよう。対魔獣用の呪文は任せて構わんか? ヒース」

「ああ、問題ない。……マナミは、万一があると危険だ。なるべくは中隊長と一緒にいてくれ」


 私とリュミエルさんを交互に見たヒースさんが、最後にリュミエルさんを見て小さく頷く。他の面々もそれには異論ないようで「そこで可愛らしく帰りを待ってなさい」「勝手な行動は慎むように」と口々に言って迂回するように私たちから離れていく。


「…………リュミエルさん」

「ん? なんだい?」

「もしかして私……勝手な行動をしないかって警戒されてます?」

「あはは! 天馬スカイヒプの件については俺たち全員報告としては聞いてるからなぁ。マナさんにはマナさんの譲れない思いがあるんだろうけれど、それでも無茶はしないようにな」


 ──天馬の前に臆面なく立ったことで、同じことを繰り返さないかは注意されていたようです。

 自業自得ともいえる反応に視線を足元に落として虫の鳴くような声で肯定を示すしかできなかった。

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