第5話 黎属と野生種

 リュミエルさん達の駐在所にお世話になって五日間が経過した。

 与えられた天馬のお世話ももう慣れ親しんだもので、それぞれの子の名前と性格が段々分かってきた。……本当は同じくらいこの騎士団の人たちのお名前も覚えられると良いのだけれど。人相手に対しての引っ込み事案な性格もあって、あまり多くの人と交流が出来ていないのは事実だった。


「このままじゃまずいかなとは思うんですが……」

「ふふ。頑張ってるのね、でも焦らなくともいいんじゃない?」


 今日の天馬のお世話を一緒にしているサリアさんへと相談をすれば、シンプルな答えが返ってくる。やわらかな茶髪ときりりとした水色の瞳を持つ彼女はこの騎士団に数少ない女性騎士。わらの束をまとめて数個分抱え上げる姿は頼もしくかっこいい。

 身体強化の魔法を使っているということだが、体幹も鍛えていなければあんな大量には抱えられないだろう。


「ここは男所帯だからマナちゃんみたいな若くてかわいい子に変に声を掛けたらまずいかって皆変な気をもんでるだけよ。世話係は一週間ごとに輪番制だから、ここに滞在を続けるなら遅かれ早かれ交流も進むわ」

「そうならいいんですが……あっ、ごめんね。今やるから」


 ブラッシングを終えた天馬の一頭が私の手に鼻先をこすりつける。手のひらで鼻と首のあたりを撫でてあげれば嬉しそうに目を細めて翼をはためかせた。かと思えばまだブラッシングを終えていない子が急かすように背中を押してくる。


「ずいぶんと懐かれているわね……メッドが見たら驚きそう。あいつただでさえ動物に嫌われる性質だから」

「そうなんですか? こんなにかわいいのに……」


 最初の一日二日ほどは遠巻きにしていた子もいたけれど、今は向こうも私を信頼してくれているようで、声をかければ笛なしでも降りてきてくれるくらいだった。

 ──それだけ甘えてくれるようになれば人間欲が出てくるもので。


「いつかこの子たちの背中にも乗ってみたいんですよね……動物の背中に乗って空を飛ぶなんて、私の世界ではない経験ですから」

「そうなの? なら今度許可を取って休みの日に遠乗りに一緒に行きましょうか」

「本当ですか!?」


 嬉しい申し出に心が躍る。胸元で強く手を握りしめればもちろんとサリアさんの艶やかな唇が笑みを浮かべた。


「ふふ、気性が荒い子たちに乗って万一のことがあったら困るものね。この子たちは黎属れいぞくしている子たちだからね。人を乗せて飛ぶくらいお手のものよ」「黎属れいぞく?」


 首を傾げた私に、サリアさんも不思議そうに鏡あわせの仕草をする。


「え? 空を飛ぶ獣たちに安全に乗る方法の話ではなくて? 魔獣たちも基本的に人間になつかないのだけれど、家畜化している天馬は黎属に成功した子たちの子孫なのよ」

「いえ、私の世界だとそもそも人を乗せて飛べるくらい大きくて空を飛べる生き物がいなくて……。野生の天馬は危ない子たちが多いんですか?」

「人がちょっかいをかけないでいれば自分から襲い掛かることはないけれど……それでも群れに不用意に近づくと命の危険もあるわ。特にここ数年は狂暴な性質が増しているから」


 その言葉に背筋が寒くなる。私たちの世界でも野生動物に不用意に近づく、あるいは野生動物が人里に降りてくることで不幸な事故につながることは多くニュースになっていた。


「き、気をつけます……」

「怖がらせちゃったならごめんなさいね。ここの子たちは大丈夫だし、野生の天馬なんてそれこそ風哭きの林にでも行かないと会うことはないでしょうから」


 ブラッシングの手を止めないまま会話を続けていれば、大きな扉が開く音が聞こえてくる。次いで馬のいななきも。

 視線を上にあげれば、五、六人の天馬とそれにまたがる騎士たちが外から帰ってくる姿が見えた。大きく円を描きながら旋回する一団は、少しずつ高度を下げていく。やがて着地したその姿を見てようやく、私は今日の見回りに誰が行っていたのかを知った。


「ヒースさんにガウスさん。それに皆さんも、おかえりなさい」

「よう、サリア嬢にマナ嬢。華のある迎えだなんて今日はラッキーだな」

「ヒースたちの隊が今日の見回りだったのね。森や近隣の街に異常はなかった?」


 サリアさんの問いかけに、見回りに行っていた騎士たちの顔つきが厳しいものになる。変わった空気に、先ほどまでブラッシングをしていた天馬が小さく身震いをしてすり寄ってきた。背中を撫でてあげている間にも、話は進む。ヒースさんが短い淡々とした調子で告げる。


「風哭きの林近郊の街を未黎属の天馬スカイヒプが襲ったと報告を受けた。リュミエルの判断次第ではあるが……該当の天馬スカイヒプの群れの捜索と、場合によっては撃退・討伐を行うことになるだろう」


 まさに話をしていた内容につばを飲み込む。野生動物に対する対処としては正しいけれども。いえ、まだリュミエルさんの判断次第では……──。




「そうだね、最低限現状把握の捜索は必要かな」

「わっ!」「きゃっ!」

「……中隊長、お人が悪いですぜ」

「いつからいたんだ。リュミエル」


 私たちの背後にいつの間にか立っていたリュミエルさんの言葉に、悲鳴を上げて飛びのく。唯一そこまで大げさな仕草をしなかったのはガウスさんとヒースさん位なものだが、その二人も困惑を隠せない表情だった。


「いやぁ、マナさんの仕事ぶりをこっそり抜き打ち見学しようと思っていたんだけれどね。聞き過ごせない話が聞こえてきたからついつい」

「中隊長! さすがにそれは性格が悪いですよ、メッドじゃあるまいし!」


 サリアさんの厳しい檄が飛ぶが、それにひるむ人ではない。ひらひらと手を振ったリュミエルさんはむしろ耐え切れないように笑いをこぼした。


「ははっ、いやだなぁ。メッドと俺ならほぼ確定で俺の方が性格が悪いんじゃないか。……とまあ、冗談はほどほどにしつつ、追い払うにしても討伐にしても天馬スカイヒプの捜索隊は組まないといけないな。ヒース、ガウスとスクラウド、あとはフィンカを連れて行ってくれるか? 」

「承知した」


 胸元に握りこぶしをおいて敬礼をしたヒースさんだったが、続くリュミエルさんの言葉に分かりやすく固まった。


「ああ、それとマナさんも一緒に連れて行ってくれるかい?」

「…………は?」


 リュミエルさんの提案よりも先ほど聞いた野生の天馬と会う可能性よりも何よりも、ヒースさんの口から発される低い声に小さく息をのんでしまった。

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