天馬編
第4話 いざお世話
翌日に訪れた天馬を飼育している建物は写真でよく見る馬小屋よりもずっと天井が高い。駐屯地として囲われている詰所と同じ敷地にある三階建ての吹き抜け構造となっているようで、建物の外から見上げるとおよそ人が登れなさそうな高い箇所に両開き式の大きな扉があった。
「わぁあ……! あれはもしかして、天馬が通るための扉ですか?」
「そうだ。天馬が小屋を出る時はあの扉を通る。人が出入りするのは向こうだ」
ヒースさんの指がさし示したのは建物の脇に備え付けられた木造の扉。上にある扉と比べるとずいぶんと小ぶりなで、大柄の彼が通ろうとするなら頭を気をつけた方が良さそうだ。
「鍵はない。魔獣避けは敷地に術式としてすでにかかっているし、天馬は通り抜けられない大きさだからな」
「外部の人が侵入する心配はないんでしょうか?天馬を盗んだりとか怪我をさせたりとか……」
「……難しいと思うが」
百聞は一見にしかずということで私たちは建物の内部へと足を踏み入れた。外で見るよりもずっと広い空間に見える。
馬はざっと見た印象で全部で三十頭前後いるだろうか。栗毛に青黒通常の鹿毛、芦毛と様々な色の馬たちだ。体格や見目は普通の馬そっくりだが、
「…………! すごい……。ここは放し飼いをされてるんですか!? 空を飛んでる子もいるけれど勝手に出て行ったりはされないんでしょうか?」
「この建物内部と騎士の装備に術式をかけている。騎士を背中に乗せない限りは一定以上の高度に飛べない仕組みだ」
そう言われてもう一度見てみれば、確かに飛んでいる天馬たちも建物の半分くらい高さより上にいく様子はない。
「お、ヒースにマナ嬢じゃねえか。どうしたんだ、こんなところに」
「ガウス」
大きく手を振ってこちらへと歩み寄ってきたのは、白灰色の髪をした壮年の男性。筋肉質であご髭を蓄えた強面の顔だが、反面表情は笑いシワが深々と刻まれている、どこか愛嬌のある人だ。
「リュミエルの命だ。マナミを天馬の世話に携わせろと」
「おっ、ひょっとして例の中隊長が拾ったっていう子かい? ただでさえ少数精鋭で回してるとこだから人手があって困らんのは事実だが……うら若い女の子にゃきつすぎんか?」
「いえ、せっかくの機会ですし……! 馬はありませんけれど動物の世話をしてたことはありますから。是非やらせてください!」
長期休みのアルバイトで牧場の手伝いは二回ほどやったことがあった。あの時は馬はおらず鶏と牛だったけれど……。
「動物ってことは魔獣じゃねえんだろ? やっぱり心配だなぁ」
「……マナミは魔力がないらしい。そこまで危惧はせずとも大丈夫だろう」
「おっ、そうなのか? ……なら何とかなるか。今日はもう小屋の清掃が終わったから、餌やりとブラッシングだな。見学していくか?」
「お願いします!」
少々気になるやり取りをされていたことは気にかかるけれど、教えてくれることになったことに胸をなでおろす。深々と頭を下げれば「そんなかたっ苦しくしなくていいって」と陽気に手を振られた。
◇ ◆ ◇
「マナミは、動物が好きなのか?」
そうヒースさんに質問されたのは見学の最中。ガウスさんがブラッシングに苦労されている姿を見ながらだった。
空を飛んでいる天馬たちをブラッシングするには天馬をこちらへと呼ばないといけない。笛で呼ぶだけですぐに降りてくる子もいれば、後を追いかければ追いかけるほど逃げてしまう子もいるらしい。
なるべく気を引く方法に試行錯誤しながら、苦戦しているガウスさんにこちらもハラハラしていたので危うく聞き逃すところだった。
「は、はい! 小さい頃から動物が好きで……。うさぎの飼育係とか、保護猫や犬の一時的なお世話はよくしてました」
「そうか。……ここにいるような天馬や、
元々無口な方なのだろう。ヒースさんの声はやけに掠れている。私もまだ緊張が完全に抜けたわけではないが、天馬に囲まれている高揚もあって柔らかく澄んだ声が出た。
「いえ。私の世界では天馬……ペガサスやグリフォンは伝説の、おとぎ話の動物なんです。だから絵本や物語でみて憧れはありましたが、実際に見るのは今日が初めてになります」
「憧れ」
繰り返された単語は何かを噛み締めているようなくぐもった声だった。
天馬が飛び立ちながらガウスさんを尻尾ではたいている光景から視線を外しヒースさんをみれば、普段は固く引き締まっていた口角がゆるんでいたのに心臓が一瞬大きく高鳴った。
リュミエルさんやメッドさんもそうだが、ここにいる動物たちと同じくらいには希少なのではないかと錯覚するほどの眉目秀麗な顔立ちをされている。美丈夫と呼ぶに相応しい人が素行を崩した笑みを浮かべた。
「……っ、」
「そうか……良かったな。実際に天馬をこうして見ることが出来て」
「っ! は、はい。本当に、あの、見れてよかったです」
もの凄い貴重な姿を見てしまった気がする。勢いで何を返したか分からないまま、やけに熱い頬を隠すように顔ごと遠くの方へと向けた。
「えっと、ブラシってあそこの予備は使っていいんでしょうか? 私、ガウスさんのお、お手伝いをしてきます!」
口ごもってつっかえながらも何とかそれだけを伝えて、備品置き場として先ほど案内された入り口付近の壁の方へと駆け出して行った。
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