第3話 今後に向けて

「残念ながら、今すぐその答えを出すのは難しいね」


 この先を憂いた私のつぶやきへの返事に顔をあげる。先ほどまでの楽しげな声音と違う、リュミエルさんの穏やかで優しい相貌いろ


「だが、俺の学生時代の知人に宮廷魔導師をしている奴がいる。あいつに聞けば打開策が出てくるかもしれないな。

 忙しい奴だからアポを取るのにちょっと間は空くかもしれないけれど、早速コンタクトを取ってみるよ」

「……中隊長、感謝します」

「ヒースが礼を言わずとも、騎士ならば困っているレディを見捨てないのは当然のことさ」


 ウィンクする金髪の青年を見て、不承不承ながら銀蒼の青年も口を堅く絞る。

「……まあ、あなたならば仮にこの少女の正体が何であろうと、どうにもできると思いますが」


「あ、ありがとうございます……!」


 元の世界に戻れる可能性に、声が上ずる。ようやく少しだけ視野が広がった。窓の外を見れば美しい星が瞬いている。

 星の光を受けた翠の瞳を持つ金の青年が、他二人をきらめく瞳で見据えた。


「とはいえ、だ。期間の目途が立たない以上わけもなしのお客様待遇は……」

「出来るわけがないでしょう。無論、重要な書類仕事も論外だ」

「……ということですまないね、マナさん」


 メッドさんの鋭い言葉を予想していたように眉を下げたリュミエルさんの言葉に、私はあわてて首を振る。


「い、いえ。当たり前のことだと思います。……けど、私に出来ることがあるのでしょうか?」


 この世界の事情など分からないし、彼らが扱えるのであろう魔法なんて夢のまた夢。何の仕事をするにしても足を引っ張ってしまう気がする。それこそお皿洗いとか……?

 考えこむ私に、「これは提案なのだけれど」と切り出してくるリュミエルさん。こちらを見据える翠の瞳にごくりと生つばを飲みこんだ。


「ちょっとウチの天馬の世話、してみない?」

「喜んで!!」


 聞こえてきたあまりにも魅力的なお誘いに、この世界に来てから一番と言っていいんじゃないかというくらいの明るい声で私は反射的に両手を挙げた。

 メッドさんとヒースさんがあんぐりと口を開けていることにも気がつかないまま、私は寝台から一気に身を乗り出した。


「えっ。この世界すごいファンタジーだと思っていたんですが、天馬なんているんですね?」

「ああ、騎士が移動をする時は大抵天馬に乗っていくし、貴族とかは何頭も天馬を飼って天馬に車を引かせる、天馬車に乗るくらいだ。貴族が集まるときとかは、空のあちこちから天馬車が降りてくるから交通整理とか大変なんだよな」

「すごい……ここでも世話をされているんですか? 見てみたいです! 世話とかどうやっているんでしょう……」


 空を飛ぶとなると、通常のように囲いを作るだけでは飛んで逃げてしまいそうだ。翼を切って飛べないようにしているのだろうか。でもそれでは肝心の時に飛べなくなる。空を飛ぶことと地面にいること、どちらの方が多いのかも気になった。


「世話はうちの隊の奴が輪番制でやってるね。とはいえ人手はあればあるだけありがたいことだし。マナさんが手伝ってくれるなら安心だな」

「正気か、リュー……」

「別に問題ないだろう? 天馬の世話なんて騎士団うち以外でもある仕事だし、機密になんて当然あたらない。マナさんも乗り気だしね」

「それはそうだが……」

「……本当にいいのか?」


 満面の笑みで笑うリュミエルさんと私を、ヒースさんは交互に見比べてから最終的に私の方を見て尋ねてくる。


「むしろ私からお願いしたいくらいです! 普通の馬のお世話もやってみたかったのに、天馬の世話なんてこれを逃したら出来るか分かりませんから!」

「じゃあ明日見学と、どんな仕事をやっているか確認ってことで。ヒース、手配は任せていいか?」

「……了解した」



 ◇ ◆ ◇



 今日はゆっくり休むようにと申しつけ、リュミエルとメッドは一足先に少女の部屋を後にする。眉間に深々としわを刻み込みながら固い床をつま先で叩くように歩くメッドを見て、リュミエルは奥歯をかみ殺して笑う。


「不満そうな顔だな、メッド。そんなにマナさんをココに置くのに反対か?」

「当然です。百歩譲ってあの少女がスパイでないとして、魔に属する存在である可能性は十二分にある。中隊長お一人の御判断で、隊の者全てを危険に晒すやも知れないんですよ」

「魔に属するならば俺たちとはまた異なる魔力が検出されるものだろう? その心配はないさ」


 階段を上がるリュミエルの足取りは普段と変わらない軽快さだ。その三歩後ろをついていきながら、メッドは口を開く。敬語を取り払った、部下ではないメッド個人の疑問だった。


「──と、いうかだ。リュミエル。お前ならその気になればそのまま彼女を元の世界とやらに戻すことくらいできるんじゃないか?」


 何せこの男ときたら、不可能がないのを体現したようなかたちをしている。先だっては四大魔族の一柱を封じる活動に多大な貢献をしながらも、もう一柱を自らの手で討ち取るなどといった離れ業をしていた。


 市井の人の中には彼を救国の英雄だと持て囃す者もいる。その評価は間違っていないだろう……が、だからこそ。あの少女の道行を第三者に投げる姿勢が気にかかった。


「どうだろうね。不可能じゃないかもしれないけれど……でも、俺の精霊はそれを是とはしないだろう」

「……意味深なことを」


 精霊に選ばれ、そのお告げを聞く稀有な存在であるリュミエルの言葉を否定できるものはこの騎士団には存在しない。だからこそ逆に、それを利用してやいないかとメッドは鋭く瞳を細めた。


「別に、お前やお前の精霊とやらが何を企み暗躍しようと勝手だが……厄介ごとになりそうなら文句はつけさせてもらうからな」

「おお、怖い怖い。メッドの雷が落ちないように頑張らせてもらうさ」

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