瞳の中に
「なあ、よしの。高校の学園祭のこと、憶えてるか?」
「学園祭?」
「そう。あの時お前からもらった手紙あっただろ?」
「手紙? わたし手紙なんて書いてないわよ」
「え? 嘘だろ? ほら、高校2年の学園祭。けいから渡された手紙があったじゃないか。憶えてないのか?」
「嘘じゃないわ。憶えてないもなにも、だって、いつだったか、
「それじゃ、お前じゃなければ、あの手紙はけいが書いたっていうのか?」
「そうかもね。うん、そんな気がする。それで、なんて書いてあったの?」
「え? あ、ああ…。そうだったのか…」
「ねえ、なんだったの?」
「ちょっと恥ずかしいんだけど…」
「そんな恥ずかしい内容だったの?」
「うん、まあな…」
「わたしが書いたものなんだったら、教えてくれてもいいんじゃない?」
よしのはいたずらっぽく言った。
「まあ、かいつまんで言えば、俺との将来を考えたい…っていうそんな内容だったかな」
「なにそれ? あはは。でもひょっとしてわたしのことを思ってのことだったのかもね。けいちゃんってほんと不器用だったのね。わたしにちゃんと相談してくれたらよかったのに…けどあのこらしいわ」
よしのは穏やかな表情で言った。
「結局あいつの思う通りにはうまくいかなかったのかもしれないけど、ほんとにお前思いのいいやつだったよ」
「ねえ、ちょっと待って。そのわたしからの手紙って、皆実くんは結局もらいっぱなしだったことになるんよね?」
「そうなるな…わるい…。手紙には、ふたりでちゃんと話をしたいって書いてあったから、よしのに会ったとき、何度か言い出そうと思ってたんだけど、なかなか切り出せなくて…。わるかった……」
「もういいわよ。高校の時は話す機会もあんまりなかったもんね。それに突然そんなこと言われてもわたしも知らんかったからびっくりするだけよ。けいちゃんもちゃんと言ってくれたらよかったのに…。あーあ、なんだか泣けてきちゃった。…でも泣いてたら怒られるわね」
「そうだな。あんたら、なに泣いとるんね! とか、よっちゃんを泣かしたらいけんよ! とか言ってな」
「そうそう、そんな言い方だったよね」
よしのは目にいっぱい涙をためて懐かしそうに言った。
その横顔はけいと見間違えるようで、そして俺は、今にもこぼれ落ちそうな涙が
「さて、休憩はこれくらいにして、そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「これ、けいちゃんよ。昨日見せんかったよね?」
よしのは一度浮かせかけた腰を下ろし、カバンからスマホを取り出して、けいの写真を見せてくれた。すっかり大人になったけいは、やはり今のよしのと同じ顔をしていた。
「病院で撮った写真じゃけど、病気だったなんて、ぜんぜんそんな感じないよね?」
よしのはそう言いながら懐かしむようにいくつも見せてくれた。
「あ、ああ、こんな元気そうなのにな…」
俺はそう答えたものの、隣に並ぶよしのと比べて、明らかに弱っているのがわかった。よしのは毎日会っていたから変化に気が付かなかったのだろうか。それともけいを元気づけるようにそう言い続けていて、それが体に染み付いてほんとうにそう思っていたのだろうか。写真をめくるたび目の光が弱くなり、だんだんとやつれていくけいを見るのは正直つらかった。
「これかわいいでしょ。ふたりで選んだんよ」
その写真のふたりはおそろいのTシャツを着ていた。白地に青い線の模様の入った、夏の海を思い起こさせるものだった。やせたベッドの上のけいは、せいいっぱいの笑顔を向けていた。
「あ、そうだ。ちょっと待って。あれ、どこじゃったかな…。あ、あった。これ見て」
そこにはあでやかな振袖姿のふたりが写っていた。成人式の時に一緒に撮った写真だという。
きれいに化粧をして、すこしはにかんだような表情をしたその姿は、高校時代の面影は残っているものの、もうすでに俺の知らないふたりだった。
そして次の写真はどこかの観光地だろうか、髪をソバージュにしてすこし日焼けをしたけいと変わらず長い黒髪で色白なよしのが写っていた。
「こんなもんかね。まだ見る?」
「いや、ありがとう。それにしてもよく写真撮るんだな」
「そうね。けいちゃんにもおんなじこと言われとったよ…。そうそう、皆実くんちって猫はまだいるん?」
「猫? ああ、もうずいぶん前に死んじゃったよ。見たことあったっけ?」
まさか、ここでこはくの話が出てくるとは思っていなかった。忘れたわけじゃないけれど、それこそ昔の話だった。
「ううん。わたしは見たことないんじゃけど、昨日家に帰ってから、かわいい猫がいたってけいちゃんが言ってたのを急に思い出したんよ」
「そういえば、けいは会ったことあったかもな。あの時でもこはくはけっこういい歳だったからな」
「こはくちゃんって言うんじゃね。長生きしたん?」
「まあ、長生きだったんじゃないかな」
「そうなんじゃね」
「けいは猫は好きだったの?」
「特別好きってわけでもなかったと思うけど、よっぽどかわいかったんじゃないんかね」
「他にこはくのことなにか言ってた?」
「そうじゃねぇ、なにか言っとった気もするけどよく憶えとらん。とにかくかわいいって言ってた印象が強かったけんね。あ、そろそろ行こうかね」
よしのがスマホをしまうとき、太陽の光がその画面を照らし、そこにあったデジタル時計の白い数字は光の中に溶け込んでいった。
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