ふたりからの贈りもの

「なあ、こはく。これどうしたらいいと思う?」

「にゃ〜」

 くんくんと紙包みのにおいをかいでいた白い猫、こはくはひとつ鳴き、すぐに食べられないものだと分かったのか、そのままどこかへ行こうとしたから、僕は体を抱えるようにして抱き寄せようとした。するとこはくはされるがままに、ごろんと転がってお腹を出し僕に体を預けてきた。

「そうじゃないんだけどな」

 どうやら遊んでいると思われたらしい。こはくは床でごろごろと寝っ転がり遊んでいる。


 この白い猫の名前はこはく。体はほとんどが白くて、顔に薄いグレーの模様が入り、尻尾も明るいグレーをした、毛の長いメスの猫。目がブルーでとても美しいと思っている。

 首のあたりに琥珀こはく色のワンポイントがあるので、こはく、と僕がそう名付けた。

 名前の由来はこういうことになっているけれど、本当は、こはくという名前が先にあって、どんな猫を飼っていたとしても、そう名付けようと思っていた。ただしメスに限る。


 それにしても、なぜ、こはく琥珀だったのか。

 実際に琥珀の石なんて見たことはなかったし、どんな色なのかもよくわからなかった。

 けれど、それはどこか懐かしいような、それでいて温かいような、不思議な感じがしたから。

 それと、こ、は、く、というひらがなみっつをつなげた音の響きが好きだったから。


 紙包みをひとつ開けてみる。それは少し大きめの袋で、よしのからもらったもの。

 中からはマフラーが出てきた。薄いグレーや黄土色や白っぽい色などを混ぜた毛糸で編まれたものだった。

 広げて手に持つと、ふわふわとしていながら弾力のある編み方で編まれていた。

 おそらく、いやきっと手編みなのだろう。とても上手に編んであった。

 試しに首に巻いてみた。ふたつ巻いてみてもまだ余裕があった。毛糸が少しちくちくしたけれど、首から肩のあたりまでふんわりと暖かくなった。

 こはくが顔を寄せてきて、マフラーの端の毛糸のにおいをくんくんとかぎ、不思議そうに見つめていた。

 僕なんかがもらってはいけない、他人の大事なものを預かったような気がしてしまい、できるだけ丁寧にたたんで再び紙包みにしまい込んだ。


 もうひとつの紙包みも開けてみる。こっちはけいからもらったものだった。

 紙包みを開けるかさかさという音に、こはくがまた興味深そうに顔を出してきた。

 こちらは手袋だった。マフラーと同じ色をした毛糸で編まれたもの。四本の指がつながっている手袋。

 さっそく右手にはめてみる。少し大きめだったが、手を入れるとすぐに暖かくなった。

 僕はその手をこはくに向けて広げ、

「食べちゃうぞー」

 などとやってみる。

 こはくはまたごろんと床に転がり、手を出してじゃれついてきた。

 僕はもらったばかりで穴なんて開けてしまったらさすがに申し訳ないと、こはくと遊ぶのをやめ、できるだけ元通りに紙包みにしまった。

 こはくはぴょんと起き上がり、きょとんとした顔で僕の様子を見ていた。

 それから興味深そうにふたつの紙袋のにおいをずっとかいでいた。


 それぞれの紙包みには手紙が添えてあった。

『お誕生日おめでとう。マフラー、上手じゃないけど編みました。琥珀色が好きって聞いたから、ちょっと違う色かもしれないけれど、もらってください。可愛川よしの』

『お誕生日おめでとう。手袋を編んでみました。もらってくれるとうれしいです。可愛川けい』

 花の模様の入った便箋とシンプルな便箋。

 そこに書かれているのはどちらも似たような文字だった。丁寧ですこし大人びた文字。年上を感じさせるけれど、どこかかわいらしくもあった。女子はこういう文字を書くんだと妙に感心してしまった。


 それからふたつの手紙を何度も読み返してみて、そもそもの疑問が思い浮かんだ。

 それは、どうして僕にこんなものをくれたのかわからない、ということ。

 誕生日だったから?

 それはわかるんだけど、でもなぜ僕なんだろう。

 僕は彼女たちを知らないのに、ふたりは僕のことをどれくらい知っていたんだろう。

 それとも僕はほんとうは知っていたのに、忘れてしまっていた、ひどいやつだったんだろうか。

 好きな色を尋ねられたことはある。

 けれどそれは彼女たちからではなかった。同じクラスの男子だったと思う。

 青色も好きだったが、確か琥珀色だと答えた。そう答えたほうがいいと思ったから。

 それは正しい選択だったと思う。

 あの時、青が好きだと言っていたら青いマフラーをくれたのだろうか。

 青いマフラー…それは想像できなかった。けれどマフラーにできそうな青っぽい毛糸もあるんだろう。

 こんなことのほかに、ふたりに会ったり、話をしたりしたことはあったんだろうか…? どこか接点は…。


「にゃ~」

 こはくが鳴いた。青い瞳でまっすぐに僕を見ていた。

 僕はふと我に返ったのと同時に、

『かわいいのはわたしたちと…』

 けいが言った言葉を思い出してしまった。

『なにをにやにやしとるん?』

 そんな言葉も頭に浮かんできた。

 手紙を何度も読んでいる自分は頬が緩んでいて、それこそひとりでにやにやしていたかもしれない。間抜けな姿を想像すると急に恥ずかしくなってしまった。こはくはそんな普段と違う僕の姿を見て、どこか不審に思ったのかもしれない。

 一方で、けいとは対象的なよしのの姿も思い出していた。口数は多くなく恥ずかしがり屋のようだったけど、芯はしっかりしているような感じだった。背中まであった長い黒髪が動くたびに揺れて、とてもきれいだと思った。


 気が付くとこはくはいなくなっていた。

「こはく? こはくどこ行った?」

 ちりんと遠くで鈴の音がかすかに聞こえた。

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