第56話

「少し、話しませんか?」


 照明がない車両の中に射す月明りに照らされながら彼女はそんなことを言ってきた。


「リンタローさんは、養成学校を卒業したら、進路はどうするんですか?」


 進路か、あまり考えたくないけど、夏休みが終われば本格的に考えないといけないことなんだよな…


「俺は、そんなに成績が良いわけでもないし、多分、エッグタウンのギルドに入って、普通に冒険者やると思う。普通に冒険者やって、普通にどっかのパーティー入って、普通に生きる…そんな人生を送ると思う。」


 俺の回答に、ジェナは特に驚きもせず、ただ静かにフフッと笑う。


「おい、何がおかしいんだよ。」


「いや、予想通りだと思って…」


「そんなジェナは進路どうするんだよ。」


 俺が質問すると彼女は少し間を開けて答える。


「私は、私も、そのまま冒険者をやろうと考えてます。ただ私は冒険者として、良い人とパーティーを組んで、その人といろんな場所に行きたいです。」


 その人…


 そうか、ここ卒業したらジェナとはお別れか。


「いろんな場所に行って、いろんなモンスターを倒し日銭を稼いで2人で旅をしながら生きていく。そして、いつかは結婚して、子供を産んで、家族と幸せに暮らしたいです。」


 別れたら他人だし、きっとそれぞれ別の人と恋愛をして、その人と結婚し、いつかはお母さんになってしまう…


 なんだろう、心がもやもやする…


 まだ初めて話してから半年も経っていないのに、こんな感情が湧くものなのか…


「そうか、頑張れよ。」


 俺は無意識に冷たい反応をしてしまった。


「ありがとうございます!…実は、もう既に一緒に冒険したいと思っている人がいて、私、その人が好きになってしまって…」


 何もおかしい事じゃない。


 相手が人生を共にする人を決めているのだ。俺が出たところで、この心地いい関係が壊れて、それで終わりだ。


 なら、俺は、思いを伝えずに、このままでいようと思う。


「この前、その人に助けてもらったんです。」


 このまま、友達とも恋人とも他人とも言えないそんな、心地のいい関係。


「私は、その人のことが好きで、夜寝るときもその人の事しか考えられなくて、眠れないときがあるんです。」


 そうか、だからジェナは起きてるのか…


 “その人”の話をするジェナは少し、楽しそうに見えた。


「その人は私の話をよく聴いてくれるんです。ほら、今も私の話を聴いてくれてる。」


「え?」


「私は、そんなあなたの事が…………」



——————————————

「本当に、本当に、好きなのです。」

——————————————



 ジェナは目をつぶり、俺の頬を軽く撫で、そのまま背中に手をまわして抱きしめながら唇を重ねてきた。


 車内に響く風の音…


 ジェナは俺の唇をなぞるように舐め、また唇を重ねる。


 ジェナが頭を離した瞬間、俺は唇を押さえ、固まった。


「この前のは、私の意志でしたものじゃないのでノーカウントです。これが、正真正銘、私のファーストキスです。あなたにあげます。」


 ジェナはそう言うと車両と車両を繋ぐドアを開けて、振り向いて一言、


「お返事、待ってますね。」


「ファースト………」


 俺の唇にはまだ、ジェナの感触が残っていた。

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