第13話

 かつて、斬撃魔法は剣などの刃物を振らないと使用できないとされていた。


 しかし、数年前に発表された王都魔法研究所の論文により、斬撃魔法は他の魔法と同様、呪文でも発動が可能なことが判明。


 メリットは、手が塞がった状態でも戦うことができるという点と、斬撃の形状を自由に変えることができる点。


 デメリットは、刃物を振って出すよりも対象に当たる確率が下がるという点と、操作を一歩間違えると自分に斬撃が当たって死ぬ可能性があるという点。


 私は、呪文で斬撃魔法を使いこなす男と対峙していた。


「庶民、俺はお前みたいなやつを見ると殺したくなるんだよ。」


 その男は、棒立ちで無数の斬撃を飛ばし続け、淡々と私に話しかける。


 私は飛んできた斬撃を斧ですべて受け流していた。


 攻撃のチャンスが見えない。


「お前、庶民のくせして何で豪族様に弟子入りしてんだ?身分の誓いもわきまえない、お前の真の親の顔が見てみたいよ。あ、そういえば…」


 私は、この男が許せない。


 なぜなら…


「お前の両親、死んでるんだったな!!じゃあ仕方ない、顔は見れないか!!」




 私は大陸東側の貧しく、それでいて楽しい、そんな家庭に生まれた。


 その家で過ごす日々は毎日楽しかった記憶がある。


 決して贅沢はできないけど、私の両親は私が幸せに暮らせるよういつも考えてくれていた。


 7歳のある日、両親がそれまで一生懸命働いて、貯めてきてくれたお金で1週間の旅行をすることになった。


 行き先は観光地として名高い精霊の都フェアリア


 道を歩く美しい精霊、美味しい料理、頬を撫でる涼しくて心地よい風…


 楽しかった。幸せだった。


 何より、両親はこの旅行のために私が生まれる前から努力して、お金を貯めてくれていたことに、今でもずっと感謝している。


 その記憶が、私のこれまでの人生で一番幸せな記憶だ。


 でも、幸せは長くは続かない。


 その旅行の帰りの馬車で、両親は野生のサイクロプスに殺された。


 突然、前の座席が消し飛んだ。


 私と家族の3人はみんな後ろの座席に座っていたからそこでの死は免れた。


 そして馬車はひっくり返り、外に放り出されてしまった。


 最初は家族全員で逃げていた。


 でも、人間の運動神経には限界がある。


 もともと病気を患っていた母は逃げる途中、転んでしまった。


 それを見て、私と父は立ち止まり、助けようとしたが、もう遅かった。


 サイクロプスに追いつかれた。


「逃げッ…!!」


 それは、私が聞いた最後の母の声。


 私の目の前で、母が潰されるのを見てしまった。


 跳ねた血にはまだ体温が残っている…


 気がつけばサイクロプスは私の目と鼻の先にいた。


 ここから逃げようとしても意味がないだろう。


 父は、私にこう言った。


「ジェナ、いいか?父さんは馬車に忘れ物をしてきてしまった。走って忘れ物をとって来るから父さんが走り出した瞬間にジェナも反対側に走るんだ。」


「嫌だ、私も…」


「駄目だ、父さんのバッグには、子供に見せられないようなえっちな本が入ってるからな。ジェナにはまだ早い。」


 父親の下手な噓とわざとらしい笑顔は、私に対する全力の気遣いだったのだろう。


 自らの妻を目の前で殺されてエッチな本を取りに行く夫がどこにいるだろうか。


 それに父は自慢の木靴を脱いで握りしめていたのを私は知っている。


 荷物を取りに行くだけなら木靴を握りしめる必要はないだろうに…


「嫌だ!!私も行くの!!」


 父は涙を浮かべて私に言った。


「頼む、父さんの言うことを聞いてくれ。いつもは素直に聴いてくれるじゃないかっ…」


 私は、黙って父に背を向けた。


 サイクロプスは不気味なほどに静かに、私たちの会話が終わるのを待っていた。


「…いい子だ。愛してるぞ………走れ!!」


 私は泣きながら走った。


 視界が涙でほぼ何も見えていなかった。


「おい、サイクロプス!!お前の相手は僕だ!!」


 遠くから、聞こえるか聞こえないかの音量でそんな声が聞こえる。


 そして私はそのまま走り続け、一番近くにあった大陸東端のテング村の冒険者ギルドに駆け込み、サイクロプスは討伐された。


 翌日、私は魔力操作ができなくなっていることに気付いた。


 私はその村にいた7代目勇者パーティーの戦士と剣士がいる木製の変わったつくりの屋敷に引き取られた。


「お父さん、お母さん!私、魔法使いになる!!」


「お!いいな!!お父さん応援しちゃうぞ!!」


「お母さんもよ!!あなた、才能あるもんね!!」


——進まなきゃ


「ボブさん、私に、体術と魔力操作を教えてください」


——叶えなきゃ


「ジェナ、俺からお前に教えることはもうない。来年の春からは大陸西側のエッグタウンという町の冒険者養成学校に通うんだ。」


「冒険者養成学校なら東側にある私の故郷にも…」


「あそこには俺の最も信頼できる奴と、元世界最強の魔法使いがいる。“夢”を叶えてこい。」


——行ってきます。


 私は両親の墓に手を合わせて西側へ旅立った。




「私には、諦めきれなかった夢があるんです。」


「ハッ!夢?庶民のお前が何を言ってんのさ。まさか、魔法使いになろうとしてんじゃないだろうな?魔力操作もままならないような奴が?笑わせるな!!俺はな、親父やお前みたいに人生のどん底で光を見て上がってくる奴が大嫌いなんだ!!どん底に落ちたなら死ぬまでどん底で暮らしていればいいものを…!」


 これだけ話しているというのにルイの攻撃は止まない。


 師匠に教わったあの技を使う。


 魔力を消費してしまうが仕方がない。


「流系魔力操作スキル【フロー】」


 師匠曰はく、魔力は水と同じ液体ととらえるのが良いそうだ。


 水は川を流れているが、その川の形状が変われば、水の流れは変わる。


 つまり、相手の魔力の通り道を自分の魔力で乱して捻じ曲げ、攻撃を避けることができるのだ。


「な、斬撃魔法が、当たらなくなった!?」


 私は最近、電撃魔法を使いこなせるようになったことで魔力の感覚を掴んだ。


「次は私の番です。電撃魔法応用〈エレキ・アックス〉」


 私は間合いを詰め、ルイの脇腹めがけて電気を纏った斧を振った。


 ルイは遠くまで吹き飛び、やがて音がしなくなった。


「…終わった。合流しないと…」


 私はそう言って後ろを向いた瞬間、リンタローさんの声が聞こえた。


「ジェナ!!後ろ!!」


__ザンッ!!

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