第5話

 翌日


「ああぁぁぁぁあぁあぁあ!!ごめん!!やっぱ無理いいいいいいい!!一緒に頑張れない!!ジェナ1人で強くなってくれえええ!!」


「え!?ちょっ!!お、置いて行かないで下さああああああい!!昨日約束したじゃないですかああああ!!」


 数時間前、俺とジェナは2人、帰りにギルドでダンジョン散策の訓練用クエストというものを受けた。


 訓練用クエストというのは、養成学校の生徒のみが受けることのできる特別なクエスト。


 このクエストを受ける際は必ず2人以上でないといけないという決まりがある。


 理由は冒険者たるもの、仲間との連携の訓練は怠ってはいけないからだそうだ。


「訓練用ダンジョン、一流冒険者が外に常駐してるから緊急事態でも死ぬことはない…これいいんじゃないか?」


「そ、そうですね…そそそ、それにしましょう…」


 なんか、この人同じ学年で同い年なのに常に敬語で話してくるからか気弱な後輩にしか見えない…


「じゃあ、行くか。」


「は、はい…」


 制服から冒険者の服装に着替え、ダンジョンに入る。


「じゃあ、松明に火、つけますね。」


「え、あっ、ちょ、まッ!!」


「火炎魔法〈フレイ…」


 途端にダンジョン内に響く爆発音、急激に上昇する気温、爆風…


「ご、ごめんなさい…ぼ、暴発…し、して、しまいました…」


「細かい魔力操作に関しては俺のほうが得意だから、松明は俺がつけよう…」


 良かった、俺が全能で…


「〈フレイム〉!!」


 予備の松明に火をつけ、どうしようもなく気まずい空気が流れるダンジョン内を明るく照らした。


 俺の固有スキル【全能】は全ての魔法を使用できるスキル。


 姉は父から遺伝したそのスキルと母から遺伝した膨大な魔力で、学校の実習では無双状態、学校入学時から学年1位の座に君臨し続けている。


 あんな性格でも、優等生なのだ。


 ちなみに父の固有スキル【全能】と姉にはない母の固有スキル【魔法眼】を持っている俺だが、肝心の魔力が父親譲りのため、全ての魔法が低出力、唯一の利点といえば、魔力量が少ないぶん、魔法眼による魔力回復時間が短くすみ、ほぼ無限に魔力量が回復することぐらい…


 要約すると、姉は魔力が有限な代わりにスキル【全能】を最大限発揮できて、俺は【魔法眼】で魔力がほぼ無限な代わりにスキル【全能】の威力はちょっと生活に役に立つレベルだということだ。


 俺が松明火を灯すために俺の全力の火炎魔法を使ったが、出たのは小指の爪サイズの小さな小さな炎。


 俺は魔力切れを起こしたが、魔法眼ですぐに回復する。


「凄い、魔力が一瞬で…」


 俺の唯一の救いはこの【魔法眼】があることだ…


「よし、松明に火も着いたし、始めるか。ダンジョン散さッ…」


 刹那、俺の体は何らかの危機を感じ取って固まった。


 ジェナも体が固まった状態だ。


__ズン………ズン………


 骨にまで響き渡るその低い音は、間違いなく大型モンスターの足音だろう。


 俺は恐る恐るダンジョンの奥へ足をカタカタ言わせながら歩く。


 だが、足音が聞こえただけでまだ大型モンスターは近くに来ていないということを悟り、俺の心は落ち着いていった。


「り、リンタローさん、い、いますかぁ………」


「いるよ、ってか火見えてんだろ、いちいち聞くなよ……」


「ごめんなさ…………あ、あぁ、ああぁぁあぁぁあ……ッ!!」


 ジェナは俺の顔を見るなり顔を青く、口をパクパク、歯をカタカタ言わせ……


「なんだよ急に変な声出して、ほら、行くz……」


 行こうとして、眼の前にさっきまでは無かった大きな壁が立っていた。


 いや、壁じゃない。微かだが少し熱を帯びている。


 耳をすませば呼吸音のようなものが………


 俺が壁だと思ったそれは、巨大モンスターの皮膚だった。


「ああぁぁぁぁあぁあぁあ!!ごめん!!やっぱ無理いいいいいいい!!一緒に頑張れない!!ジェナ1人で強くなってくれえええ!!」


「え!?ちょっ!!お、置いて行かないで下さああああああい!!裏切るんですかああああ!!」


 こうして今に至る。


 腰を抜かし、立てなくなっている俺達にモンスターがじりじりと近づいてくる。


 このモンスターは恐らく、暗く狭く静かなダンジョンに長くいたせいで目と耳、翼が退化したドラゴンの変異種、ダンジョンドラゴンだろう。


 明らかに訓練用ダンジョンにいてはいけないモンスターだ。


「ジェナ、こいつは多分嗅覚で空間を感じ取って行動している。何か匂いを消す魔導機械とか魔道具とか持ってないか?」


「だ、だだだ、ダメです。ドラゴン含むモンスターや魔族は第6感と呼ばれる魔覚、つまり魔力でモノを見ます。な、なので魔導機械を出せば即刻アウト、まあ、わ、私は魔力量が多いので、既にロックオンされているわけですが…」


「俺は?」


「リンタローさんは…その、魔力が…その………ほぼない…ので、見つかって………いないかと………」


「…ラッキーなのか?」


 俺はこのドラゴンにとって透明人間、存在していないも同然…


 さすがのドラゴンも認識できない相手に勝つということは無いだろう。


 この勝負、貰った。


「よし、ジェナ、俺はこいつを今から暗殺する。だからそこから動かないでくれ。あと耳は塞いで伏せておくように。」


「は、はい、わ、わかりました…」


 俺はこっそりドラゴンの股の下から背後に回る。


 このドラゴンの気をそらす方法、それは匂いと魔力を出す物質をできるだけ遠くに投げること。


 俺は暗黒魔法で創り出した収納スペースから父親の作った武器、手榴弾を取り出した。


 あまりの消費魔力の少なさゆえ、魔法を発動してもドラゴンに見つからない。


 俺は手榴弾のピンを抜き、思いきりダンジョンの奥に投げ、ドラゴンの股をくぐって元の場所に戻り盾にする。


 父の作った手榴弾には2つの種類があり、1つは火薬のみで爆破する通常手榴弾、もう1つは火薬で魔力を爆発させる魔力手榴弾。


 俺は今回、魔力手榴弾を使った。


 俺が投げたそれは暗闇の中に消えて……


 そして一筋の光を発し、盛大に爆ぜる。


 耳を塞いでドラゴンを盾にしていないと危なかった。


 最悪、鼓膜が破れて手榴弾の破片が体を貫くこともありうる。


 事実、手榴弾は爆発の衝撃波ではなく、爆発で発生した爆弾本体の破片が跳び散ることで生物を死に至らしめる。


 爆発によりダンジョンの中に充満する火薬のにおい、そして膨張し爆ぜた魔力、飛散しドラゴンの肉体に刺さった破片が、ドラゴンをおびき寄せた。


「今のうちに、早く!!」


「???」


「おい!!立てって!!早く!逃げてギルドに報告するぞ!」


「す、すいません、私、何も聞こえなくて…」


 そう言った途端、ジェナの耳から血が垂れてくる。


「お前、耳塞いでなかっただろ。」

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