半壊

 圧倒的だった。

 長き間、武勇を轟かせ続けていた剣聖たるマリエ。

 最強の種族たるドラゴンが一体であるフェーデ。

 その二人が見せる力はまさに圧倒的、他を寄せ付けない格別の強さを誇っていた。


「……賭けは、失敗か」


 崩れゆく紅魔の牙。

 それをオルスロイ王国の玉座の間から眺める男は深々とため息を吐く。

 誰が言わなくとも、もうわかるだろう。

 紅魔の牙は終わったのだと。


「否。最後に打てる手がある……」

 

 だが、それでも、男の瞳から光は消えていなかった。


「俺が直接出るとしよう……英雄を殺す。それが俺の出来る唯一のことよ」


 紅魔の牙を突き動かすのは傲慢で市井のことなど考えていない王侯貴族への恨みである。

 究極的に言えば、王侯貴族への復讐が出来ればそれで十分であり、その手が自分たちである必要もない。

 時代を変え、時代を救う。

 そんな英雄さえ、潰せれば、己の意味としては十分である、と。

 紅の牙の主はそう判断を下したのだ。


「何処まで行こうとも、男爵家でしかない。領地を修復不可能なまでに後退させることはそこまで難しいことじゃない」

 

 紅魔の牙のトップに立つ男は別に弱くない。

 だが、己が最強でないことも同時に知っていた。

 剣聖であるマリエとドラゴンであるフェーデ。そして、その主。

 それらの相手は難しいかもしれないが、ロロノア男爵領であれば、まだまだ発展途上の男爵領であれば、潰すのは難しいことじゃない。

 いくつかの都市を崩壊させたり、森林を焼くことで魔物の生息域を狭めることで一部の魔物を暴走させたり。

 男爵領という小さな領地を崩壊させられるような手札はかなりあった。


「俺はロロノア男爵家を潰す」


 ここまで来て、すべてが崩れ落ちた。

 それでもなお、たった一つの方針を決め、動き出そうとする男。


「そんなこと、させると思うかい?」


 そんな男の耳に、まだ若い少年の声が飛び込んでくる。


「……ッ!?」


 それに反応して、男が声のしてきた報告に視線を向けてみれば。

 闇夜に光る虹があった。


「あぁ……」


 半壊し、天井さえも一部崩れている王城の最上階たる玉座の間。

 そこにやってきたのは、今の空に浮かぶ闇夜のような黒い髪に、だが、それとは相反するように無限の輝きを持つ虹色の瞳を携えた少年である。

 その少年の一歩、一歩が玉座の間に広がり、男の耳を打つ。

 そんな中で。


「これが……」


 雲が晴れる。

 一筋の月の光が差し込み、そして。


「やぁ、はじめましてだな」


 その一筋の光を一心に受ける少年は口を開き、その声を天にまで響かせる。


「……」


 これが、英雄。

 世界に愛された、月光をただ一人で独占する少年、ディザイアを前にして、男は言葉を失うのだった。

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