自分の前で己の顎を掴んで持ち上げている女性。

 燃え盛るような赤い髪に、爬虫類のように縦長な綺麗な赤い瞳。

 僕よりもかなり高い背丈に合わせて、非の一切ない端正な顔立ちが自分に近づいている。


「んんっ」

 

 その事実を前に僕は訳もわからない状況ながらも、思わず頬を赤く染めてしまう。

 な、何かいい匂いもずっとしているし。


「その虹色の瞳……我が見てきたもの中で、最も美しい。実に欲しい」


 僕が訳もわからず、ただただ呆然としていた中、ゆっくりと目の前に立つ女性が自分の瞳へとその綺麗で細い指を伸ばし始める。


「おっと」


「ぴょっ!?」


 だが、その指が触れられるよりも前に、僕の前で一筋の光が煌めく。


「何をしているの?」


 その光。

 それは、僕の方へと伸ばされる女性の指を狙って振るわれたマリエの剣であった。


「……何じゃ?エルフの娘よ。我は初めて見る宝物に心を躍らせていたのじゃが」


 何時の前にか剣を抜刀していたマリエへと、自分の前に現れた女性が視線を向ける。


「私の、ディザイア様に触れようとして、一体、何のつもりで?」


「ま、マリエ……?」


 自分の前に唐突な形で現れた女性。

 そして、その女性に対して、これまで見たことがないほどにぶち切れているマリエに対して、僕は困惑の声を上げる。


「我の行く手を阻んで何のつもりじゃ?」


「それはこちらのセリフです」


 そんな中でも、二人は殺意を醸し出し続けながら睨みあいを続けていた。


「「……」」


 そして、ここで僕は気づいた。

 先ほどまで、この場全体を支配していた竜がいなくなっていることに。

 それに加えて、マリエと向き合って殺意を醸し出している女性。

 その女性から溢れ出ている威圧感から、彼女こそが先ほどまでいて竜であるということに。


「……えっ?」


 んっ?ということは、つまり……僕は竜に顔を掴まれ、瞳を狙われていた、ってこと?

 滅茶苦茶危なかったじゃんっ!?

 いや、マジで、あの場面でマリエが助けてくれてよかった。じゃなかったら、僕ってば別に死んでいた可能性もあったってことでしょ?

 うわ、マジで洒落になれないって。

 いやー、でもこれで安全。何て言ったて、今、竜の前に立っているのはあの剣聖たるマリエなのだ、か……らぁ。


「おんっ?」


 今、二人が向き合っているの?なんか人になっている竜と、剣聖として名を馳せているマリエが?

 すぐ近くに僕がいて、周りにはローアロス伯爵閣下の他にも多くの護衛やギャラリーがいる中で、この二人が戦うというの?えっ……マジで。

 それ、はぁ……大丈夫、なの……。


「「殺す」」


 いや、駄目じゃんっ!?

 大丈夫なわけなくねっ!?余波が来るでしょっ!?


「ちょっ!?ストーっプっ!?」


 二人がこのままぶつかるとヤバい。

 そう咄嗟に、半ば本能的に察した僕はマリエと女性の前に踊り出て強引に止めにいくのだった。

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