かませ犬

 人々が剣と魔法を持ち、人類に対して無条件に牙を剥く魔物たちと日夜、命がけの戦いを繰り広げているような世界、アルカンティア。

 中世から近世レベルの文明を持った西洋風の世界であるアルカンティアの中心部に位置する大国、パテーマ王国。

 そのパテーマ王国の辺境にはロロノア男爵領が広がっている。

 ロロノア男爵領。

 現在は病気につき寝たきりとなっているものの、それまでは散々に横暴な政策をとって領地を搾り取ってきた現当主の手によって既にこれ以上ないほどに衰退しきっている。

 元々、豊かではなかった領地には閉塞感が漂い、多くの人が飢餓でなくなり、優秀な人材は必ずいなくなる。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ」


 そんな、そんな絶望的ともいえるロロノア男爵家の嫡男として生まれた僕、ディザイア・ロロノアは頭を抱えていた。


「あまりにも絶望が過ぎる……っ!もうちょっと、もうちょっとだけでもマシだったら、本当にそれだけでもいいのに!何もかもがないっ」


 寝たきりになっている父の代わりとして齢十歳にして、領地を運営する立場にある僕は部下から上がってきている報告書を見て頭を抱えることしかできない。

 

「うぅ……人材不足だ」


 普通であれば、まともな人材もいないような状況で十歳児が男爵領を治めることなど、不可能に近いが……そこは僕の特別性によって辛うじて何とかなっていた。

 というのも、僕は前世の記憶というものがあるのだ。


「あぁ……今の状況を見れば、日本が天国だったなぁ」


 失われた30年に、少子高齢化。

 問題だらけの国だったが、それでも株価最高値更新や順調な春闘による賃上げ。ようやくデフレスパイラルから抜け出せそうな円安、インフレの波。

 住んでいた時は不満を持っていたが、日本が天国であったとここに生まれて強く思うようになった。

 大切なものは失ったときにはじめて気づくというのは真実だったようだ。


「はぁー」


 僕は深々とため息を吐きながら、自分の元にある大量の報告書に目を通していく。


「農作物の収穫量減少。観光客の減少。出生率の減少。餓死者数の増加。犯罪者数の増加……もう見たくない」


 終わっている。

 改めて思う。終わっている。

 あまりにも終わりすぎている、僕の領地は。


「……唯一の希望は、魔物による被害が減り続けていることかな」

 

 終わり申している領地の中で、唯一マシなのが人類の敵であり続けている狂暴な魔物による被害者数がかなり減っていることだ。


「もう彼女には足を向けて眠れないよ……」


 これをもたらしているのは以前、僕が助けた剣聖と言われるハイエルフの女性、マリエのおかげだ。

 彼女が自分の領地で魔物を狩り続けているおかげで魔物による被害者数が減っているのだ。


「やっぱり、僕が出来るのは原作知識によるゴリ押し……っ!」


 絶望的な領地ではあるが、それでもマリエ以外にも好意的な影響がある。

 それは自分の持っている知識だ。

 僕の持っている前世の知識。その中にはこの世界に関することもあるのだ。

 というのも、どういうわけかは知らないが、この世界は自分の知識の中にあるゲーム『ノービスオンライン』の世界にそっくりなのだ。

 自分の助けたマリエも作中最強格のキャラでありながら、前日譚の中で亡くなってしまっている子なのだ。

 それを知っていた僕はマリエを助けに向かい、無事に彼女を仲間にすることが出来たのだ。


「……はぁー」


 ちなみに、僕が転生した先のキャラであるディザイア・ロロノアもゲームに出てくる。

 まぁ、どんなルートを通っても序盤に必ず死んでいるかませ犬だけど……ディザイアとかいうめちゃくちゃ強そうな名前なのに、何でこんな弱いんだよ。おかしくね?


「それでも、やっぱり僕を助けるのはこれだ」


 すべてが正しいわけではないだろうが、それでも僕の中にある原作知識は必ずや自分の力になってくれるはずである。

 自分が希望とするものはこれしかない。


「とはいえ、これをどうやって金にするかも悩むんだよなぁ」


 原作知識は僕の力になるが、それでもまだこの世界はゲーム本編の始まる時間軸ではないし、イベントごとを知っていたとしても、それに干渉出来るほどの力があるわけじゃない。


「地道なことをやっていくしかないよねぇ」


 結局、僕に出来るのは地道な改革を推し進めていくことだけだ。

 まず、土台をある程度何とかしないと。


「まずは父上が買いあさった多くの美術品を高値で売りつけるところからだよなぁ……うぅ、足元を見ずに買い取ってくれる商人を探せる気がしないよぉ」

 

 やることはいくらでもある。

 だが、それをしっかりと自分の利益につなげるのが難しい。

 僕は結局のところ、ずぅーっと頭を抱えているのだった。

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