第2話 お兄ちゃんとデート
視点・妹。
……なんということだ。
兄の発言を受けて、わたしはジ〇ンプ速報の記事を読みながら愕然としていた。
最近になって、お兄ちゃんがわたしに対して向けてくる視線の意味に、合点がいってしまった。
──思っていた通り。やはりそれはわたしが小学生の頃にやらかした黒歴史に端を発しているらしい。
つまりどういうことかというと、小学生低学年くらいの女児なら一度はいう、父系などの近親者に対しての『お嫁さんになる』という発言。
どうやらお兄ちゃんは、それを真に受けてしまっているらしい。
度重なる視姦や訪室によって伏線を張り、ダメ押しとばかりに当時の文集を見せ、
『ほら、この時約束したでしょ? そろそろ式場の下見に行く?』
なんてことを、暗に言ってきているのだ。
さすがにこれを偶然の一致として見るのは無理だ。
きっと怪獣八〇が入っている場所も事前に調べていて、この話題を切り出す為に読み始めたのだろう。
お兄ちゃんの怪獣を、八号サイズにするつもりなのだろう。
そんなわけあるか。
たまたま文集が目について、たまたま黒歴史ページを見つけちゃっただけ。
それだけだ。妹の黒歴史を拾って信じ込むほどアニメ脳なお兄ちゃんではない。
ただ、その件についてはそうだとしても、わたしを見てくる件については未解決なんだよなあ。なんでだろ……。
中学生になってからはおしゃれなタイポグラフィの服を着るようにしているから、参考にしたいのかな?
「そうだ、はみゆちゃん。今週の日曜日って暇?」
なんてことを思っていると、お兄ちゃんがそう聞いてきた。
そこで気付いた。考え事をしていて、後半からお兄ちゃんの言葉になにも返していなかったのだ。
いくらお兄ちゃんの態度が不審だからって、こっちまでそうなったら負の連鎖だ。
わたしはトマトジュースで口を湿らせてから、極めていつも通りの調子で答えた。
「うん。暇だけど」
するとお兄ちゃんは、凄く嬉しそうに笑いながら、
「じゃあ、お兄ちゃんとデートしようぜ」
わたしは飲んでいたトマトジュースを鼻から噴き出した。
視点・兄。
「あー、あー、聞こえる?」
約束の日曜日。
僕は愛車であるベスパのスモールモノコックボディに妹を乗せると、Blue toothの調子を確かめた。
「うん」
小さな首肯と一緒に耳の端末から妹の声が聞こえた。僕は頷いてバイクにまたがる。
短気筒独特の低いエンジン音を伴いながら、僕ら兄妹は休日の住宅街を駆けていく。
天気は良好。風は南向き。
少しだけ花冷えの名残はあったけれど、ほぼほぼ絶好といっていいツーリング日和だ。
そんな良き日に、僕は妹とデートに行く。
主な行先は服屋さんと美容院。本腰を入れて妹改造計画を実施しようというわけだ。
まあ、そんな大それたものでもないんだけどさ。
ともかく、この日が迎えられて良かった。
というのも、話を持ち出した直後、妹は女子としてアウトな取り乱し方をしたのだ。
別にふたりで出かけるなんて珍しいことじゃないのに、どうしたのだろうか。
カーペットを拭きながら事情を説明しても、納得のいっているようないっていないような表情だった。あまり乗り気ではなかったのかも知れない。
だけど、なんだかんだで予定を開けてくれて、こうしてちんまりと僕の腰回りに手を添えてくれている。
面倒くさいかも知れないけど、どこでも行ってみればそれなりに楽しめるものなのだぜ、妹よ。
対する僕は結構乗り気だ。前にも言ったけど、妹は服装や髪形があれなだけで、決して器量が悪いわけじゃないんだ。
あか抜ければまあまあ、いや、相当なものになると踏んでいた。
ダイヤの原石を自分の手で磨いていくのは、誰だって楽しい。
それに自分を変えていくっていうのは、本人にとっても楽しいことのはずなんだ。
今日はたくさん褒めてあげて、そういうのをインプリティングしてあげよう。
楽しみだなあ。どんな服が似合うだろう。
小っちゃいからワンピースとか無理かもしれないけど、ハイウェストのやつとかいいかもね。マキシ丈のブラウジングを使ってみるのも面白いかも知れない。
「おぉっ。ごめんね」
口元がニヤけるのと一緒に、先行車が左折ラインに割り込んできたので、やや急ブレーキ気味に止まってしまった。妹は一瞬僕の背中に抱き付いてきたけど、すぐに身体を離した。
「もうちょっとしっかり捕まってくれていいよ」
「……うん」
そうは言ったけど、ほんの少しだけ手に力を込めただけだった。
視点・妹。
「あー、あー、聞こえる?」
お兄ちゃんがわたしをデートに誘ってきた。
「うん」
おそらくは、いわゆる光源氏計画というやつだろう。
手込めを自分好みにカスタマイズするというあれだ。好きに味付けして美味しくいただくつもりなのだと思う。
更にはバイクという移動手段を使うことによって、わたしのおっぱいの感触を背中で味わうつもりなのだ。
バックからの感触で、お兄ちゃんのバイクをバキバキにするつもりなのだ。
BKB。
アホか。
お兄ちゃんがわたしをじろじろ見てきたのは、どうやらこういうことだったらしい。
わたしの私服がダサすぎて、視線で注意を促していた、と。
気を遣って言わなかった案件を口に出してくるということは、いよいよもいよいよだったのだろう。
疑問が消退するのと一緒に、色々な意味で耳まであっちっちになった。
黒歴史必定の自惚れに、ファッションセンスのアバンギャルドさ加減に。
お兄ちゃんと遠出できるのは素直に嬉しいのに、恥ずかしくてここ最近仏頂面しかできなかったよ。
フルスロットルでバカな妄想をしちゃったせいでね。
バイクだけに。
ブンブン。
まあとにかく、お兄ちゃんはお兄ちゃんだったのだ。
おかしいのはわたしのアニメ脳のほう。
お兄ちゃんは妹のことを性的な目で見ていないし、手込めにするつもりもない。ただ妹思いなだけのパリピだった。
パねえよ陽和くん、超かっけーよ。
「おっと。ごめんよ」
そんなことを思っていたらバイクが急ブレーキで止まり、わたしは反射的にお兄ちゃんの背中に抱き付いた。
失敬。思いっきりおっぱいを押し付けてしまった。
すぐに姿勢を直して前のほうに視線をやった、そのとき、
「…………っ」
わたしは見てしまった。
サイドミラーに映ったお兄ちゃんの口元には、いやらしい笑みが張り付いていた。
………………え?
「もうちょっとしっかり捕まってくれていいよ」
「……うん」
固唾を飲み込むのと一緒に、緊張で手に力が込もってしまった。
デートそのものは恙なく進んだ。
というか、めっちゃ楽しかった。
しまむらやRight onなど、ローブランドのお店のおしゃれな服を上手に選んでくれたお兄ちゃんは、美容室の予約を入れてある時間まで色々な所に連れて行ってくれた。
普段は敷居が高くて行けない小物屋さんや、限定スイーツの美味しいこじゃれたカフェ。
画一的なコースじゃなくて、ちゃんとanimateとかのわたしのツボを押さえた場所も回ってくれたのがイケメンだった。相変わらずこなれてやがる、このパリピ、デートにこなれていやがるぜ。
「……ただなあ」
その日の夜、ゲーセンでお兄ちゃんに取って貰ったち〇かわのぬいぐるみをお腹に乗せながら、わたしはベッドの上で考える。
……あの時。出がけの急ブレーキでお兄ちゃんにおっぱいを押し付けた瞬間──字面だけ見るとえらいことに──、お兄ちゃんは確かに笑っていた。
見間違いじゃない。
凄く幸せそうに笑っていたのだ。
他にも不審な点はあった。
要所要所で『かわいいよ』とか『やっぱり細いよね』とかの褒め言葉を連発してくれたのだ。
嬉しかったけど、普通の兄は妹に対して、そんな女性の部分をフューチャーした誉め言葉を言ってくれるものなのだろうか?
今までそんなの言われたことなかったし……。
……アニメ脳が動き出すのを感じる。
わたしの私服がダサい(っていうかいうほどダサいと思ってないし!)から選んでくれるっていうのは口実だったら?
服を見ていたっていうのは、わたしの身体を見ていたことへの言い訳だったら?
お兄ちゃんのち〇かわが、ちい〇わではなくなる瞬間を見せられるのでは?
本当は、着々と光源氏計画を進められているのでは?
……ええい、やめろ、やめろぅ、アニメ脳!
お兄ちゃんはそんなことしない! あの人はただのうぇい系お兄ちゃんだ。それも休みの日をこんなシャバい妹のために返上してくれる、いいお兄ちゃんだ。
腐った妄想で貶めるなんてダメだ!
……だけど、もし。
もし本当に、お兄ちゃんがわたしのことを妹としてじゃなくて、
違う目で見ていたら……。
「はみゆちゃーん。見て見てー」
ニコニコ顔のお兄ちゃんが部屋に入ってきた。びくりと上体が跳ねて、ちいか〇が勢いよく床の上を転がった。
「今日撮ったプリクラあるじゃん? あれfacebookに上げたら、いっぱいいいね貰ったー」
このクソやりらふぃーが! ザッ○ーバーグ氏は貴様らのヒエラルキーを測定するためにハーバード大学の英知を結集したわけじゃないんだぞ!
じゃなくて!
「か、勝手に載せないでよ! 恥ずかしいよっ!」
「あ、ごめん。でも、はみゆちゃんかわいいってみんなも言ってるよ」
オシャレなスイーツを載せたら美味しそう。愛犬を載せればかわいい。
そういうふうにコメントしなくちゃいけないっていう法律を、お兄は知らないらしい。
っていうか論点っ。
「それでね、お兄ちゃんのバンドのメンバーから書き込みあったんだけどさあ」
そこからが本題とばかりに、たどたどしい手つきでメッセージ欄を見せてくる。
「生で妹が見たいから、今度のライブに連れて来て、だって」
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