sister beat punk ~この妹、変なんです~
呑田良太郎
第1話 アヴァンギャルド妹
視点・妹。
最近、お兄ちゃんの様子がおかしい。
お兄ちゃんの名前は
ミディアムマッシュの髪を、白だか銀だか分からないような色に染めて、毛先も遊びに遊ばせている、レぺゼンウェーイのやりらふぃーだ。
だけど最悪なことに、要領が良くてなんでも小器用にこなしてしまうし、性格もいい。
おまけにイケメンで高身長。それでいてバンドなんかもやっているものだから、インスタやTikTokの『いいね!』を欲しいままにしている。
異性とはいえ比較対象になる妹の身にもなって欲しい。
まあ、なぜか兄妹仲はいいんだけどね。ちょいちょいふたりで遊びに行くし。
少し脱線したけれど、そんな兄の様子が、最近になっておかしくなった。
具体的にどうおかしいかっていうと……。
最近、わたしのおっぱいやお尻を凝視してくることがある。
最初は気のせいだって思った。
たまたま視界に入っちゃっただけかなって。
だけど、ちらりと見るなんてレベルじゃない。
凝視なのだ。
食い入るように、っていうのはさすがに言い過ぎだけれど、ややもすればそうなってしまうくらい、じっとわたしのおっぱいやお尻を、見ている。
それも一回二回じゃない。遊びに出かけたりとかするたびに、必ずっていっていいくらいの頻度で、見ている。
おかしいのはそれだけじゃない。
わたしの部屋に訪れる頻度も前より少し増えた。
大した用事もないのにふらりとやってくると、わたしの様子を見て帰っていく。
そのまま居つくことも多い。そういうときは部屋の漫画を読んだり、わたしのパソコンで曲を作ったりしているのだけど、ちらちらとわたしの様子を窺っていることを、わたしは知っている。
お兄ちゃんは一体どうしてしまったのだろう。
一次成長期の頃なんかは異性の発育が気になることがあるって聞いたけど、お兄ちゃんはそうじゃないし、陽キャだ。
陽キャっていうのは、一日に一回は異性の全裸を見る種族だ。
妹の貧相な身体を見る有意性があるとは思えない。
ちなみに、わたしの名前は長澤はみゆ。中学一年生。ジャン〇キャラで掛け算するのが大好きな、ごく普通の十二歳だ。
趣味はアニメとアニソンと漫画。夏と冬で精力的に薄い本を集めちゃう、ときどきYoutubeやニコ動で『歌ってみた』とかの動画をあげちゃう、黒歴史爆走中のアニオタだ。
そんな腐妹のお尻やおっぱいをガン見して、ちょくちょく部屋に入ってきちゃう陽キャの兄。マジで意味が分からない。
兄よ、妹×兄ブームは、太古の昔に過ぎ去ったのだぜ。
ただ……ひとつだけ。
思い当たる節があるといえば、ある。
だけどそれは、可能性というにはあまりに弱く、儚く、遠い昔の話。人に言ってもきっと笑われてしまう。
だけどどんな人でも一度は抱いたことがある、淡い記憶の端。
それは……。
視点・兄。
最近、妹の様子がおかしい。
いや、昔からおかしな子ではあった。
人と同じことをするのが苦手というか、感性が独特というか……。
とにかく周りの子どもと比べて頭一個分くらい変なことをすることがあった。
昔から漫画やアニメが大好きだったから、そういうのに影響を受けているっていうのもあるのだと思う。
思い込みも激しいしね。
ファッションセンスもアバンギャルドだ。この前なんか『温故知新』って書いてあるニットを着て元気よく出て行った。
『マジか』って目で見たけど、その次の日に『DAIDOKORO』ってバックプリントしてあるショーパンを履いて出かけたから、たぶん気付いてないだろう。
最近になってやっと自分で服を買いに行くようになったらしいから、仕方がないっちゃないかもだけど、ファッション雑誌でも授けてから野に放ちなよ、お母さん。
さすがにエグいとは思ったけど、豆腐メンタルな子だから、直接言ったらへこむかも知れないし、女子のファッションセンスに口を出すのは地味に失礼なので、いまのところ言葉での指摘はしていない。
でも視線での警告は続けている。私服でいじられるのは可哀想だからね。
素材はそんなに悪くないっていうか、むしろかわいいほうの部類に入ると思うし……。
少し脱線した。その変な妹の様子が、最近になって更におかしくなった。
具体的にどういうことかというと、僕を見て挙動不審のような態度を取ることが多くなった。
あたふたと首を振るばかりか、顔を赤くすることもある。そそくさと逃げていくこともある。意味が分からない。
ちょっとかわいいけどさ。
思い当たる節といえば、最近になって僕が妹の部屋にちょいちょい行くようにしていることくらいだけど……それだけであんなリアクション取るかな?
ちなみにだけど、僕が自分の意思でそうしているわけじゃない。お母さんに言付けされてそうしているのだ。
中学生になって使える金が増えてからというもの、やたらと薄い本ばっかり集めて喜んだり、パソコンの周辺機器服を買ったりしているから、なんとなく散財の様子を見張って欲しい、という名目で。
別に自分のお金──お小遣いではあるけど、小学生の頃から一生懸命溜めていた貯金を切り崩しているし──だからなにに使おうと自由だし、今のご時世アニオタなんて珍しくないとは思うのだけど、親からしたら心配な使い方に映るのかも知れない。
かといって直接言いづらい案件でもあるということで、僕にお鉢が回ってきたというわけだ。
僕はスマホやパソコンの扱いなどはからきしなので、バックアップの管理なども含めて、全部妹に任せている。
このご時世で情けない話だけど、フィッシング詐欺にあって以来、難しいことするのが怖くなっちゃったんだよね。iCloudキーチェーンとか、未だに意味分かんないし……。
だから元々、ちょっとしたことでも妹に聞きに行く習慣があるので、そのついでとして見張りのミッションを引き受けているという訳だ。
もしかして、僕の訪室理由に気付いているからあんな態度なのかな?
いや、だとしても、せいぜいちょっと警戒くらいだろう。あからさまに避けるような態度を取るのは妙だ。
「はみゆちゃん、怪獣八〇読ませて」
なんてことを直接問い詰めるわけにもいかないので、とりあえずその日の夜も、オーガニックトマトジュースを二本持って妹の部屋に漫画を読みに行った。
「……いいよ」
出入り口に背を向ける形でパソコンをいじっていた妹は、小柄な肩を少しだけぴょこんと跳ね上げたけど、いつもの調子でそんなふうに返事をした。
「本棚に五巻までしかないんだけど、続きってどこにあるの?」
「クローゼットの、amazonの段ボールの中にあると思う」
「分かった。勝手に開けちゃっていい?」
「…………」
妹は5chのまとめサイトを最小化してから、椅子を降りてクローゼットに向かう。
彼女の身長は百四十そこそこ。僕の四十センチ下をぴょこぴょこと揺れるサイドテールが通過していって、観音開きのクローゼットを開けた。
中には無数の段ボール箱と、アバンギャルドなデザインの服飾雑貨の数々が入っている。
……うーん、やっぱり助言する人が必要かな。能動的に調べようとかしないだろうし。
「はい」
ぞんざいに渡されたのは、A4サイズの段ボール箱。小学校の教科書や文集なんかが煩雑に詰め込まれたそれの片隅に、目当ての本があった。
「へえ、懐かしいね、学校の文集。はみゆちゃん、ちゃんと取って置いてあるんだね」
漫画本を膝の上に置いてから、なんとなく手に取った文集をパラパラめくる。
「あはは、見てほら、はみゆちゃんの小一の頃の夢。『小がっこうをそつぎょうしたら、お兄ちゃんのおよめさんになる』だってさ。これ文集に載せちゃうのって凄いね」
そんなふうに話を振ってみたけど、妹は無反応にパソコンをいじっているだけで、こちらのほうを見向きもしない。
……本当にどうしちゃったのさ。
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