43話 品谷瑛士の1日(3人称)

今日は友達と所沢ダンジョンに行く日だった。


けれども前日の夜、大学の友達と夜遅くまで遊んでいたということもあり、瑛士が起きたのは本来なら電車に乗っていなきゃいけない時間だった。完全に寝坊である。


急いで着替えていつも使ってるバッグを掴んで起きてから5分で家を出た。


走って駅に向かう。


駅の入り口が見えた、その時。



「いったー!」


「あっ、ごめん!大丈夫!?」


「大丈夫なわけ無いでしょ!手のひら擦りむいちゃったじゃない」



瑛士はフリルがたっぷりあしらわれ黒いワンピース、いわゆる地雷系の服装をしているかわいい女子にぶつかって、転ばせてしまった。


転んだ時に思わず手をついてしまったようで、少女の両手は血だらけになってしまっている。



「うわ、酷い怪我……本当にごめん。急いでて周り見てなかったや。えっと、確か……」


「あんた、何やってんの?」



急に空中をタップするような動きを見せた瑛士に、少女は怪訝な顔をする。


その反応を無視、というか聞いていなかったみたいで、瑛士は気にせずショップからアイテムを探した。


蒼斗と違って瑛士は普段自分から画面を開くことがなかなかないので、お目当てのものになかなか辿りつかない。


しばらくして、ようやくそれを見つけた。



「あった!はい、これどーぞ!」


「は?」



水色の液体が入った瓶が急に目の前に現れて少女が驚く。



「あ、そっか。両手怪我してたら自分でかけられないか」


「いや、あんた今どうやって」


「両手出して、かけてあげる!」


「え、うん」



戸惑いながらも差し出された両手にトポトポと瓶に入っていた液体をかけた。すると、まるで逆再生しているかのような勢いで傷が治っていく。


液体を全てかけ終わる頃には、すっかり綺麗な手のひらに戻っていた。傷跡なんてものもない。



「なに、これ」


「知らない?ダンジョンで出る回復薬。初級のだったけど治ってよかった!」


「それは知ってるけど、今どうやって回復薬を出したの?」


「どうって……普通に?」


「普通の人はそんなことできないわよ。いや、待って、あんたの顔見たことある気がする。まさか……品谷瑛士?」


「うん!そうだよー」


「やっぱり……こんなところにダンジョンマスターがいるなんて」


「ねぇ、俺急いでるんだ。もう行っていい?」


「待ちなさい」


「えっ」



怪我を治したからもういいだろうと駅に向かおうとしたところ、少女に腕を掴まれ引き止められた。



「怪我を治してくれたことには感謝するわ。でも、怪我だけじゃないの。あんたこの服元に戻せる?」



そう言って少女が見せてきたのは腕を掴んでいない方の手の袖だ。その袖は血と砂で汚れてしまっている。更によく見ると擦れて傷ついている部分もあった。



「うーん、どうだろう」



AIに聞けばそれらしいアイテムの候補を上げてくれるだろうけど、あいにくと人前でダンジョンの操作したりシロンちゃんに話しかけるなと蒼斗から言われていたので、服を直すアイテムがあるのかわからなかった。


ちなみに緊急時なら迷わずショップでアイテムを買えよとも言われていて、瑛士にとって"女の子に思いっきりぶつかって怪我をさせてしまった"というのは緊急事態に入るのでさっきは回復薬を目の前で出した。



「ごめん、わかんないや。洋服代弁償する!」


「この服。1着しかない限定品なの。直すのが無理ならいいわ。かわりに」


「かわりに?」


「今日1日あたしに付き合ってくれないかしら?」


「えっ、なんで!?」


「あたしのお気に入り服を台無しにしたのあんたでしょ。だから代わりの可愛い服を一緒に探してもらおうと思って」


「それ、今日じゃなきゃダメ?」



今日は初めて探索者としてダンジョンを攻略する日なのだ。現時点で遅刻が確定しているとはいえ、どうしてもそっちを優先させたい。



「えぇ。逃げられてなかったことにされたくないもの」


「連絡先交換するからさ、別日がいいんだけど」


「交換したところでブロックされたら終わりでしょ?そうね、1日付き合うのが無理なら服代として20万支払なさい」


「20万!?無理だよそんなの。ていうか洋服にそんなお金掛からなくない?」


「1着しかない限定品って言ったでしょ。女の子の服は高いのよ」



それにしても高すぎる気がするが、もともと瑛士が周りを見ずに走ってぶつかった事が悪いのだ。怪我もすぐ治したとはいえ、痛い思いもさせてしまっている。


少女の要求を穏便に断る言葉が思いつかなかった。


結果として瑛士は少女に1日付き合うこととなった。


東京の地雷系ファッションを扱ったショップに連れて行かれ、どれが可愛いだの、どれが一番似合うかだの、意見を聞かれる。正直瑛士にはどれも同じ服にしか見えなかったが、流石にその感想をそのまま言うほど馬鹿ではない。どの服を見せられても全部に可愛いよ!と言うようにした。


1軒目のショップじゃ満足する服が見つけられなかったようで、2軒目、3軒目と店をハシゴする。


途中、お昼ご飯を食べつつ、少女が満足のいく服を1着買う頃には、日が沈んでいた。



「あたしが気にいる服が見つかってよかったわ」


「うん、可愛い服買えてよかったね。俺も今日見た中でそれが一番似合うと思う」


「そうでしょうね!じゃ、ご飯食べに行くわよ」


「服買ったら終わりじゃないの!?」


「あたしは今日1日付き合ってって言ったのよ。誰も服を買ったら終わりだなんて言ってないわ」


「あー、そう言ってたかも」


「文句も言わずにここまで付き合ってくれたお礼に奢ってあげる。何食べたい?」


「うーん、じゃあ焼肉!」



目の前いるのが自分と変わらないか少し下の年齢に見える女の子でも、自分の食べたいものを素直にそのまま言う男。それが瑛士である。


ということで少女に連れて行ってもらった焼肉店は、全席個室で全体的におしゃれな雰囲気のお店だった。さすが都会の店といったところか。



「遠慮なく頼んでいいわよ」


「わーい!じゃあ上タン塩と、上カルビと、上ハラミと、ロースもホルモンも食べたいな。あとは……」



いくら遠慮なくとは言っても、本当に遠慮なく頼まれるとは思っていなかった少女は顔を引き攣らせた。けれども今更、遠慮しなさいとはもういえない。


そんな少女の様子を気に止めることもせず、瑛士は普段あんまり食べられない高そうなお肉を片っ端から頼んでいった。


注文した品が来るのを待っている時。瑛士にとっては思ってもみなかった質問をされた。



「ねぇ。あんた、自分がなんでダンジョンマスターに選ばれたか考えたことない?」


「えっ、別に」


「はぁ?じゃあ天の声の目的とかは?興味ない?」


「うーん。割とどうでもいいかも」


「嘘。少しは気になるでしょ。ダンジョンマスターなんだから」



そうは言われても、考えたことがないのだから仕方がない。

強いていうなら、ダンジョンマスターは思ってたよりつまらなくて、なったことを少し後悔したくらいだ。



「俺は楽しければそれでいいからなぁ。そういうのはあ……」


「あ……?」



うっかり口に出しそうになったのをなんとか抑えた。


勝手に蒼斗がダンジョンマスターに結びつくような発言はしちゃいけないとものすごく厳重に言いつけられている。


大阪旅行の時みたいなうっかりは許させれない。



「あー、えっと。町田の!友達のダンジョンマスターなら興味あると思う!」


「町田の……本当に仲良いんだ」


「うん。親友だよ」


「そう。じゃあその友達さんと話したいんだけどできるかしら?」


「えっ、なんで?」


「あたしのお姉ちゃん。ダンジョンの研究をしているの。本も出してるのよ。知ってるかわからないけど、"国内ダンジョンの現在を徹底解説"って本。でも、いくらお姉ちゃんが天才だとはいえ、人類だけでは到底ダンジョンについて調べられないわ。だからダンジョンマスターの協力が必要なのよ。あなたはダンジョンの秘密に興味がなくて、友達さんは興味あるんでしょう?だったらそっちと交渉した方が手っ取り早いわ。まぁ協力してくれるならあなたでもいいけど」


「なるほど!よくわかんないけどわかった。電話して聞いてみる!」



ダンジョンの運営をシロンちゃんに任せっきりにしてるからそもそもたいした協力はできない事は置いといて、自分の友人が天の声の目的とか秘密に興味ありそうなのは知っていたから、とりあえず瑛士は蒼斗に電話をかけて直接聞くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る