41話 セールス




「ゴブリンの魔核一つでどれくらいの電気が出来るか知っていますか?一般家庭に備わっている太陽光パネルは発電容量が3〜5kW程度でして、1日で8〜13.5kWhの電力を発電いたします。もちろんパネルの性能差や天気によって左右されますが、1日で使う電気の量が6〜15kWhほどですので、ひと家庭分賄えるか賄えないかくらいの電気量は発電できるわけです。逆に言えば、もし天気が悪い日が続けば全く電気は発電できません。ここが自然を使った発電のデメリットですね。さて、ゴブリンの魔核で電気を作るとなると、1個からおおよそ100〜150kWhほどの電気が発電できます。家が10棟分ですね。もっと開発を進めれば効率的な発電方法が確立でき、今の数値の何倍もの電気が発電できるようになるでしょう。電気不足が騒がれる今の世の中、魔核は人類の救世主と言えます。さらに面白いのがゴブリンの魔核だと100〜150kWhほどの発電ですが、さらに強い魔物……例えばオークだったら300kWhほどの電気が発電できます。逆にゴブリンより弱い、スライムの魔核だと80〜120kWhほどの発電ができます。つまり魔物の強さによって魔核に込められているエネルギー量が異なるのです」



……俺は今何を聞かされているのだろうか。


まず最初に特研でやっていることをさらに知ってもらいたいって言われてそれに了承したら、魔核についてが1番わかりやすいので説明させていただきますねって言われて始まったのがこれだ。


こっちはあんまり情報を引き出されないようにしようって決意したところだったのに、まさか一方的に話される展開になるとは。


たぶんわかりやすく説明してくれているんだろうけど、早口すぎて全然話が頭に入ってこない。


とりあえず要所要所で頷いているが、いつ終わるかなこれ。



「1番初めに魔核に未知のエネルギーが眠っていると気づいたきっかけは、魔核を砕いたときに紅色から灰色がかった暗い赤に色が変わった事です。魔核を砕いた事で中にあるエネルギーが消え、色が消えたのではないかと予想しました。それからなんとか中にあるエネルギーを抽出しようとしましたがそれは難航しました。例えば太陽光発電は太陽光が当たった時に2種類の半導体に電子が集まり、導線によってその電子を動かし、この流れを利用して電気ができるわけです。火力発電はもっと仕組みがシンプルで、燃料を燃やして出た蒸気が巨大な羽根を回してそれが発電機に伝わり電気が発生します。魔核には電子が確認できませんでしたし、燃やして燃料にすることすらできませんでした」


「……なるほど」


「そこに何かがあるのはわかっているのに、何もできない日々。しかしある事をきっかけに研究は一気に進みました。そう、町田ダンジョンから出た、追尾式映像記録機、一般の人からはカメラと呼ばれているアイテムの存在です。これは明らかに魔核を動力電としていました。追尾式映像記録機がなかったら、魔核のエネルギーを電気として変換するのにもっと多くの時間がかかったでしょう。町田ダンジョンには、引いては町田のダンジョンマスターである町田様にはとても感謝しております」


「はぁ」


「話が少々長くなりましたのでそろそろまとめますね」



……少々?


少々どころじゃないだろ。めちゃくちゃ話長いわ。


というかもしかしてあのカメラってバズりたい探索者たちより、こういう研究者たちの方に需要あったんだろうか。



「魔核から電気を作る仕組みは残念ながらお教えできないのですが、とにかく電気を作ることに成功した今、我々は次の成果を求められています。現状進んでいない研究も、追尾式映像記録機のようなきっかけがあれば、大きく進む可能性があります。町田様にはそれを手伝っていただきたい」


「手伝いと言われましても……俺に専門的なことはわかりませんよ」


「そう難しく考える必要はありません。ただ少し、ドロップする素材やアイテムの種類を増やしていただければ良いのです。私は生物学部門の人間なので、モンスター系の素材が増えれば嬉しいですけどね」



あんなに長々と電気について語っておいて専門は生物の方なのかよ。


いやでも魔核は最初、生物学部門の方で研究してたらしいしおかしくはないのか……?



「少し質問したいんですけど、いいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「少し前ならともかく、今なら他にもダンジョンマスターはいますよね。でも、動画であなた方がコメントを残したのは俺だけだった。今の話を聞く限り、他のダンジョンマスターにも協力をお願いした方が良いように思えますが、どうして俺だけだったんですか?」


「確かに他のダンジョンも我々が研究すべき素材が多く入手できます。種類数だけでいえば、町田ダンジョンより多いところあるくらいです。けれど、他の方々が進んで敵対はしないなどと濁した言い方をしていた中、人類の味方とハッキリと発言したのは町田様と小嵜様のみでした。こちらとしても協力関係を結んだ後にやっぱり辞めたとは言われたくないですからね。少しでも信用できると思ったところにお願いしたいのは普通でしょう」


「信用性というなら小嵜さんが1番では」


「はは、冗談でしょう。彼女のダンジョンはダンジョンとして機能していません。確か町田様は小嵜様と交友関係がありましたよね。この辺りの事情は町田様の方がお詳しいのでは」



怖いな。


小嵜の名前を出した途端にゴミを見るような目になった。声は明るいままだが目が笑っていない。


まぁ向こうからしたら貴重な資源が出るダンジョンを海の中なんかに作って全てを無駄にしたように見えるだろうから仕方がないか。



「理由はわかりました。けどやっぱり俺に協力できることはありません。俺は町田ダンジョンを人類の味方となるダンジョンにすると言いましたが、あくまでもダンジョンは探索者のためのものだと思っているからです。この先の階層であなた方が望むものがドロップするかもしれませんが、わざわざあなた方のためにドロップアイテムを変えることは絶対にしません」


「そこをなんとかお願い出来ませんか。研究が進むようなアイテムがドロップするようになれば謝礼金を出します。そうですね、追尾式映像記録機レベルのものでしたら最低でもその100万ほど出せます。町田様が望むならそれ以上も」



欲しいか欲しくないかでいったらそりゃお金は欲しいけどさ。そんなので金もらっても、そもそもどう受け取るのか、受け取った後の税金はどうするのかという問題がある。無理に受け取って脱税みたいなしょうもない理由で目をつけられたくない。


今の立場で後先考えずに目先の金に囚われて浅慮な行動を取るわけがないよな。


だけどただ断って、なんの成果も得られなかったってことで後で敵対されても困るし、アドバイスくらいはしといた方がいいかもしれない。



「無理なものは無理ですね。とはいえ、ここまでご足労いただいて、ただお帰りいただくのも申し訳ないです。東畳さんは先ほど生物学部門に所属しているとおっしゃっていましたよね」


「ええ、そうです」



何も設定していないモンスターを倒すと、魔核しかドロップしない。だから素材が足りなくて困っているらしい。


わざわざポイント使ってモンスターの肉体を残そうとするダンジョンマスターは居ないだろうからな。肉体なんか残されても普通の探索者は解体なんてできないから無意味なのだ。


もし残すとしても、普通は牙とか武器として活用できそうな一部分のパーツで探索者を釣ろうとするだろう。



「モンスターが自分の居る階層から出ないのはご存知ですか?」


「はい。探索者ライセンスを取る時にそう教わりました」


「では、その例外があることは?」


「……というと?」



例外の1つがダンジョンマスターがモンスターに命令すること。それで階層の移動をさせられる。


でも今回はそれじゃない。



「今年の元日にあったじゃないですか、例外」


「ああ!あのダンジョンからモンスターが溢れ出た事件ですか?でもあの時のモンスター達も倒されたらやはり魔核のみを残して消えたと聞いています」


「ええ、どこで倒されようとダンジョンマスターが何かしらの設定を行わない限りはドロップするのは魔核のみらしいですね。だったら倒さなきゃいいんですよ。例の事件で、モンスターがダンジョンの外で生きられることは証明されています。生きたままの状態で捕まえれば少しは何かしらの研究ができるんじゃないでしょうか」



座っていた東畳さんがバッと席を立つ。



「そんな、そんな方法があったとは……」


「誰もやったことがないことなので、成功するかわかりませんけどね。あと生きたモンスターを運ぶとなると問題が出そうなので然るべきところに許可取りをすべきかと」


「ええ、わかっています。ありがとうございます。町田様のおかげで新たな知見を得られました。つきましては何かしらのお礼をさせていただきたいのですが……」


「いえ、俺は何もしていないので、お礼とかは……あ、そうだ。一つお願いしたいことがあるのですが、大丈夫ですか?」


「はい!なんでも言ってください」



なんでもって言われたら、試しに到底叶いそうにないことを言ってみたくなる。いや、言わないけどさ。



「追尾式映像記録機についてなんですけど、あれって今はプロジェクターみたいに壁に映した映像をさらにスマホやカメラで撮るって方法じゃないと映像をデータ化出来ないじゃないですか。あれがすごく面倒で。ダンジョンで使えて、さらにPCやスマホに簡単にデータを移せるカメラ作れませんか?」



もっと気軽に使えるカメラがあったらもっとダンジョン内の映像を残そうとする人が増えると思うんだよな。


そしたら良い映像を撮ろうとする人も出てくるはずだ。


今もその傾向はあるが、なにしろ映像の質が悪い。ダンジョンごとに特色はあるものの、雰囲気は全体に的に似てるし、戦闘の様子は普通にグロい。そんな動画、誰が見るだろうか。


初めてダンジョン内の動画が投稿からしばらく経った今では飽きられて、一般の人にはあまり受けていない。流行りが去ったともいう。


けれど、もしダンジョン内で使える質の良いカメラができたら、その時ダンジョン内に映えるスポットがあったら、映像目的に人がたくさん来るようになる……かもしれない。


人類がダンジョン内でも機械を使えるようになる、というデメリットはあるものの、今の俺のダンジョンで人類が開発した道具を使われてもそう簡単には攻略されない自信がある。



「なるほど。確かにあれば便利ですね。ダンジョン内では人類が開発した文明の機器は使えないと言われていますが、追尾式映像記録機は"機械"に分類されるものにも関わらず、ダンジョン内で使えます。となるとダンジョン内で使える機械を開発するのも無理な話ではないのかもしれません。うちの工学部門と総合部門に話してみましょう」


「ありがとうございます」


「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。進展がありましたらDMでご報告させていただきます。今日はお時間を作ってくださりありがとうございました」


「こちらこそ貴重なお話を聞かせてくださりありがとうございました」



話はここで終わり、東畳さんを最初の部屋まで送って、その場は解散した。


俺は隠し部屋に設置していたカメラの回収をしたかったから、1階層に戻った。


それにしても、生きたモンスターをどう研究するんだろうか。ゴブリンから血でも取ってDNA鑑定とかするのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る