40話 アポイントメント

しばらく待っていると、保留音が止まった。



『大変お待たせしました。担当の東畳と申します。まさかお電話いただけると思っていなかったので、とても嬉しいです』



爽やかで明るい男性の声だ。


電話させるように仕向けたくせによく言う。



「いえ。それで話とは?」


『すみません。前置き長かったですかね。ではさっそく本題に入らさせていただきます。まず弊社ではダンジョンから入手できるモノ。いわゆる特殊素材の研究を行っております』


「それくらいは知っています」


『認知していただきありがとうございます。それでですね、現在うちでは回復薬を研究する薬学部門、武器の素材を研究する工学部門、モンスターについて研究する生物学部門、その他全てのアイテムを研究する総合部門に分かれて日々活動を行っています』


「なるほど」



なんとなく聞いたことがある話である。それぞれの部門にその道のエキスパートが2、3人いるのだとか。


魔核の研究は始め生物学部門で行われていたが、未知のエネルギーが眠っていると発見し、部門の垣根を超えて共同での研究がスタート。そして見事に魔核のエネルギーを電気エネルギーに変換することに成功したと、どっかの番組で社長が話していた。



『研究素材は探索者とやりとりしているお店から購入しています。薬学部門と工学部門の素材には今のところ困ったことがないのですが、問題は他2つ。生物学部門では入手できるモンスターの素材はほとんど魔核のみ。他には小笠原ダンジョンでは魚型のモンスターがそのまま食用素材として残る事もあるのでできる限り仕入れますが、我々以外の研究所や欲しがる探索者もいますからね。必ずしも入手できるとは限りません。総合部門に関しては、マジックバッグやカメラなどを研究しておりますが、こちらも入手できる素材に偏りがあります』


「それで?」


『ぜひ町田様には研究にご協力いただけないかと。もちろん報酬はお支払いいたします。資料などにまとめた方がわかりやすいかと思いますので、実際に会ってお話しさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?』



研究にご協力って要するに素材を提供してほしいってことだろうか。


モンスターを出すのにもアイテムを出すのにもポイントがいるし、探索しないでアイテムが入手できるようになったら探索者がいる意味なくなる。


周り回ってそれで来場者が減るかもしれないからものすごく嫌なんだけど、これ断ったら断られたって言いふらされそう。しばらくはダンジョンのイメージ下げたくないんだよなぁ……


俺が配信で事情を説明しても、向こうの方が社会的知名度も信用性もあるから、太刀打ちできない可能性の方が高い。


1度会って話せば断っても誠実さのアピールはできるか?




「……わかりました。協力できるかわかりませんが、一度話は詳しく聞いてみたいです」


『ありがとうございます!では弊社にご足労いただくこと可能でしょうか?日時は町田様のご都合がつくタイミングで問題ございません』


「場所は町田ダンジョン内でお願いします。モンスターに襲われない場所を用意するので。それが無理だったら申し訳ないんですけど諦めてください」



ただでさえ立場的にこちらが不利なのに向こうのテリトリーに踏み入れたくない。

あとはダンジョン内しか無理なら断ってくれないかなという思いもある。



『なるほど。確かにこちらがお願いしている立場ですので、本来であれば私がお伺いするべきところでしたね。2週間ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか。私は探索者ライセンスを持っていませんので、取得次第伺わせていただきます。つきましては今後のご連絡のために、連絡手段があればお教えいただければと思うのですが……』



……流石に断ってくれなかったか。わざわざ探索者ライセンスなんか取らなくていいのに。いっそ試験に落ちればいいのに。



「では2週間後までにSNSのアカウントを作っておくので、連絡したい時はDMを送ってください。アカウントはチャンネルの詳細欄に記載します」


『わかりました。お手隙おかけいたしますがよろしくお願いします』



それで電話は終わった。


とりあえずSNSのアカウント作るか。それと、この前瑛士と話し合う時に作った隠し部屋を拡張してそれっぽく整えておこう。


有る事無い事言われたくないから録画と録音もしておきたい。


2万ポイントの手持ち式映像記録機(ver.2.00)あたりでいいか。追尾式のver.1.00のカメラと違って音声記録も残るし画質が若干良い。

隠遁者スキルは生物にしか使えないので、改竄スキルでうまくカメラの存在を誤魔化そうと思う。できるかわかんないけど。


あとはいつまでもサングラスとマスクで顔を隠してるのは少し不安だから何か顔を隠せるアイテムもついでに買っておこうかな。


狐面だとありきたりすぎるし、般若面とか鬼面とかはなんか怖いし……うーん。最悪ネットでなにか買ってもいいんだけど、せっかくなら何かしらの効果があるやつの方がいい。


あ、ちょっと高いけど幽影ゆうえい雑面ぞうめんってアイテムちょうどいいんじゃないだろうか。


白い四角の布に複雑な模様で顔っぽい何かが描かれている。フェイスベールの和風バージョンみたいなやつだ。つけた人の顔の認識を阻害させ、存在感を薄くさせる効果があるらしい。普通のお面と違って布製だから持ち運びに便利そうなのも良い。


必要な準備はこれくらいだろうか。


それから2週間、作ったSNSのアカウントの宣伝もかねて、数本の動画を撮って投稿して過ごした。動画の内容は新たに出てきたダンジョンマスターについてとかそんな感じだ。


電話をした日からピッタリ2週間後。


特研の企業アカウントからDMがきた。どうやら無事に探索者ライセンスを取れたらしい。


ここまで来て引き返せるわけもないので、仕方なく待ち合わせ日時を土曜日の18時30分に設定した。

普通の社会人なら休日の夜に仕事なんて嫌だろうけど、どうだろう。嫌がらせになるだろうか。いや、なってない気がする。文面で見る限りは喜んで了承してたし。


そして当日。


鉢合わせたくなかったから、かなり早い時間に行って、最初の部屋に誰もいないタイミングを狙って入り、すぐさま隠遁者スキルを使う。そしてこの前購入した幽影の雑面をつけた。目の部分に穴は空いてないけど透けて向こう側が見えるから視界は割と良好だ。


その後、隠し部屋に行って、事前に隠蔽スキルを使って壁と同化させて設置してあった手持ち式映像記録機(ver.2.00)の電源をつける。ついでにさっきつかった隠遁者の効果を切った。


体感で1時間ほど待つと、スーツ姿の明らかに探索者らしくない人が来た。たぶんこの人が東畳さんだろう。


最初の部屋まで迎えに行こう。



「初めまして。東畳さん、ですよね?」


「えっ、あぁ!はい。私が東畳です。町田のダンジョンマスターさんでお間違いないでしょうか?」



幽影の雑面の効果のおかげか、話しかけるまで俺の存在に気づかなかったようだ。


急に話しかけられて驚いていた。



「はい、そうです。本日はこんな時間にわざわざ来てくださりありがとうございます」


「いえ!こちらこそ話をさせていただく機会を作ってくださりありがとうございます」



俺に驚かされたのにも関わらず、にこやかに対応している。態度は防衛省の人たちよりよっぽど良い。



「ではこちらへどうぞ」



1階層にある隠し部屋に案内する。部屋に続く扉を開けた時は横で感嘆の声を出していた。



「なんか、すごいですね」


「どこのダンジョンもこれくらいは出来ますよ」


「それはどこのダンジョンもこれくらいの隠し部屋はあるということでしょうか?」


「さあ?あるんじゃないですかね」



油断してると情報をずるずると引き出されそう……マジで気をつけよう。

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