あの子の父親は
イサヴェルの猛攻がつづいている。
奴らは船で海を渡って、どんどん軍隊を送り込んでくる。対するエルムトは、輝ける月の
それも限界が近いと、イヴァンはそう思っている。
毎日のように怪我人が、
オリヴァーが急逝してから、
こんなときにまで、
それが彼らの仕事と言ってしまえば、それまでだ。
この次に、イサヴェルの攻撃を防ぎきれる保証はどこにもなければ、
イヴァンも怒りを堪えている。
(しかし、そんなことは
降伏の意思を示すなら、早い方がいい。
イヴァンは
「私の命を差し出してエルムトが助かるなら、とっくにそうしています。でも、そうじゃない。イサヴェルはエルムトからすべてを奪う。いま生きている人たちだけではなく、これから生まれてくる子どもたちの未来まで、奪ってしまう権利が私たちにありますか?」
エリサの兄だからこそ、わかる。エリサはけっして、理想を口にしているのでは無いことを。彼女が訴えるのは現実、そして未来。
しかし、どれだけ声高に叫んだとしても、エルムトがイサヴェルに屈するのも時間の問題だ。
(
エリサを巫女から引き
それには次の巫女が必要だったが、巫女の候補もいない。こうも差し迫った状況ならば、巫女が不在であっても許されるのだろうか。
(しかし、どうやってエリサを……)
ここでやっとイヴァンは気が付いた。
イサヴェルの軍隊の他にも、先に暗殺組織が入り込んでいる。奴らの狙いは最初からエリサだ。
(
イヴァンは副隊長として、自分も前線に立って戦いたかった。
イサヴェルの軍隊は
そのマルティンが戻って来たとき、すでに
女子どもの避難もままならないなかで、
いざというときは、エリサとユハを連れて逃げろ。
そう、イヴァンはマルティンに命じられていた。そんなことが不可能だと言うことも、マルティンはわかっていたはずだ。
エルムトが、落ちる。それでも
「隊長! マルティン隊長……!」
マルティンの身体を受け止めたイヴァンの手が、すぐ血の色で染まった。
これだけの血を流しながらも、マルティンは戻って来た。それはイヴァンに声を伝えるためだった。
「ああ、よかった……。イヴァン、お前は無事、だな」
背に刺さった無数の矢。それだけではない。マルティンは腹を斬られ、胸を刺され、それでもなお
「イヴァン……、アストリッド、は?」
「あの子は無事です。安全なところに避難させています」
「そうか、よかった……」
「会いに行きましょう。これが、終わったら一緒に」
一人娘が無事だときいて、マルティンは微笑んだ。
イヴァンは他の
「頼みが、ある……。イヴァン」
二人掛かりで運ぼうとして、マルティンに拒まれた。彼はもう自分一人では歩けないくらいだったが、それでも最後の気力を振り絞って、イヴァンに会いに来た。
「アストリッドを、頼む。お前にしか、任せられない」
「やめてください、隊長!」
ふたたび崩れ落ちたマルティンを、イヴァンはどうにか起きあがらせようとする。
「アストリッドを、俺の代わりに、」
「あの子の父親は、あなたしかいません! マルティン!!」
承諾などしていないのに、やっと安心できたのかマルティンは目を閉じた。
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