あんたに謝りたい
レムは船室ではなく、食料庫に隠れているあいだに、イサヴェルの軍隊の数を把握していた。
エルムトの
(
彼らがエルムトの冬を耐えることができたのも、エルムトの協力者がいるからだと、レムは踏んでいる。
彼らはもう
いまから自分が行っても間に合わなければ、行ったところで何ができるのか。未だ
(いま、そんなことを考えている場合じゃない。アウリスの死を無駄にしたくないし、サミュエルも止める)
けれどもそうしたところで、エルムトの壊滅を免れるかどうかは、話が別だ。
(エルムトを守るためなら、
最悪の結末がよぎる。
これはレムがエルムトの人間ではないからだろうか。いや、そうではないはずだ。隊長のマルティン、それにイヴァンもわかっている。それでも、彼らは
もしも、
無駄な犠牲を出すよりも、
(だけど、それは現実的じゃない)
そう、エルムトの人々にとって、巫女はなにより大切な存在である。
その精神的支柱を奪われたとき、エルムトは壊れてしまうも同然だ。心の拠り所をなくした人間は、簡単に無気力になってしまう。それを果たして人間と呼べるのか。
領土を奪われるだけではなく、かつてイサヴェルでも横行した奴隷制度がふたたびはじまる。大昔に廃止された悪習が、いまもなお行われるなど許されない。
(エリサはきっと、そこまで見通しているから、自分の身を捧げたりはしない。あるいは、イサヴェルは巫女の命だけは助けるかもしれない。でもきっと、いまよりもっと自由はなくなるし、そうなったら巫女はただの
それはエリサの
むしろその方が、エリサの自害を促しかねないと、レムはそう思う。
(そしてそのとき、エリサの傍にイヴァンはいない。僕は最低だ。こんなことまで考えるなんて……。まるで他人事じゃないか)
そうならないためにも、レムは山を越える。
冬の山越えは危険だが、雪解けを前にした山はもっと恐ろしい。
実際、レムは山を前にして怯みそうになった。
先に山越えに挑んだはずのイサヴェルの軍隊の足取りが、どこにも見えなかったからだ。
雪崩に巻き込まれたのだと、すぐにわかった。
雪に阻まれて、レムは何度か進路を変えた。
雪の精と風の精が、エルムトの侵入者たちを許さなかったのだろうか。救助はほぼ不可能であり、巻き込まれた仲間を見捨てて、イサヴェルの軍隊たちは進んで行く。最初の部隊が全滅しても、また次の部隊がつづく。奴らは
思った以上に体力を消耗させられたレムは、途中で山小屋を見つけて安堵した。
しかし、安心したのも束の間、そこへと近付く前に少年たちに取り囲まれた。
「こいつは、白兎のレムじゃないのか……?」
急に姿を消した軍医の助手。彼らのあいだで、レムはどういう扱いになっているか、容易に予測が付く。
少年らがざわめき出す。そのなかでも年長者が彼らを鎮めた。
「騒ぐな。軍医がいるならちょうどいい。ミカルを助けられる」
「ミカルがここに……?」
先だって、レムはアウリスと別れたばかりだ。
だが、レムはアウリスの死を見届ける前に港町を発った。アウリスの弟であるミカルに、どういう顔をして会えばいいのかわからない。
少年たちはただ黙ってレムを山小屋へと入れた。そこは怪我人たちでいっぱいだった。ミカルもいる。彼は
「ミカル……」
「レム……!? なんで、お前がここに……。いや、ちょうどいい。お前がやってくれ」
レムはミカルの足を見た。雪崩に巻き込まれたのだろう。壊死がはじまっている。
「俺の足を斬ってくれ。俺はまだ、戦える」
「まさか、君たちが雪崩を……?」
「ああ、そうとも。俺たちがやった。あいつら、みんな巻き込んでやった」
山小屋に残っているのは、せいぜい十五人というところか。
それほど追い詰められていたのかもしれない。しかし、レムは正直にあきれた。
「さあ、やってくれ。俺は、兄貴を助けに行くんだ」
「アウリスは……」
レムは口を
少年たち数人がかりでミカルを押さえつけ、口には布を噛ませた。レムは彼らの剣を借りた。躊躇いはなかった。ミカルはまだ、戦おうとしている。
痛みと熱に浮かされるミカルに、レムはしばらく付き添った。
患部を切除する前までは威勢のよかったミカルも、苦痛のせいか弱気な声を発するようになった。
「ミカル、大丈夫だ。君はもう、大丈夫だから」
「でも、俺……。足が」
本人がそう望んだように、膝から下を切り落とさなければ命に関わっていた。
けれども、
「大丈夫、歩けるようになるよ。そうだ、オリヴァー先生に義足を作ってもらおう。そうすれば、きっと……」
レムの励ましをきいているのかそうでないのか、ミカルは急に黙り込んでしまった。ミカルの閉じた目からは涙が溢れ出ている。
「ごめん、レム。俺……、あんたに謝りたい」
「え……?」
「俺が……、あんたを、裏切り者にしちまったんだ」
レムはそっとミカルの涙を拭ってやる。あまりに小声のためか、他の
「いいんだよ、ミカル。あの夜のことは、もう」
「俺、あんたに助けられた。ちゃんと、わかってる。あんたが、あいつから……俺を守ってくれたって、ことくらい」
レムがサミュエルとともに、エルムトを発つ前の晩だ。
ミカルはそれを目撃していた。先に逃がしたバルブロの顔まで、ミカルは見ていなかったものの、そこでサミュエルもレムも彼に敵と判断された。
あそこでレムがミカルを攻撃していなかったら、ミカルはサミュエルに殺されていた。
「ごめんよ、レム……。俺、弱虫だから、兄貴にもイヴァンにも、言えなかった」
ミカルの
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