エルムトのために
「イヴァン! 戻ったか。状況は、どれだけ把握している?」
「
マルティンはうなずきで返した。彼がイヴァンに問うているのは、エルムトの情勢だけではなく、いまの
(思わしくはないときいていたが、これほどとは……)
イヴァンもまた、マルティンの反応を見て確信に変える。
「俺は一刻も早く、援軍を送るべきだと訴えつづけているんだが、
「でしょうね。彼らは、いよいよ戦況が切迫すれば、アウリスたちを見捨てるつもりだ」
マルティンが苦笑する。と同時に、目顔でイヴァンに警告を与えた。それ以上は言うなという意味だ。
イヴァンとマルティンの他に、回廊には誰の姿も見えなかったものの、
「正直に言うが、イヴァン……じつはお前も疑われている」
「疑われている? 俺が、ですか……?」
にわかには信じられずに
「そうだ。お前はレムと親しかった。
「
「大事には至らなかったが、
隊長の前だから堪えたが、イヴァンは舌打ちでもしてやりたい気持ちになった。
「俺は
「お前が怒るのは当然だな。すまん、イヴァン。ここは俺に免じて、どうか怒りを堪えてくれ」
人目も
マルティンの性格はよく知っている。正直、腸が煮えくりかえる思いだが、イヴァンはどうにか怒りを抑えた。
「隊長が謝る必要なんてありません。それで、俺はこれから
「いや……、
イヴァンはため息を吐いた。どうせくだらない議論を長々ときかされるだけだ。
「急いで戻って来てくれたのに、悪いなイヴァン」
「いえ……」
あまりマルティンに気を遣わせるのも気の毒になって、イヴァンは笑みを作った。
戦況はアウリスのところで大体は把握したつもりだ。
イサヴェルの軍隊の侵攻があったのは、
アウリスの部隊は先発隊を食い止めきれなかったが、敵が
と、ここまではイヴァンの予測通りだった。
だが、アウリスが言うにはイサヴェルの軍隊以外にも、多数の暗殺組織がエルムトに入り込んでいるらしい。
港町から
とはいえ、イサヴェルの軍隊も暗殺集団も素人の集まりではない。
エルムトの寒さと雪に耐えながら、あの山で身を潜めながら待つ。こちらがアウリスの部隊に加勢すると、そう踏んでいるのだ。
(やはり、
イヴァンは、とにかく早く
別れ際のアウリスも、まだ少年の
彼らは援軍がくるのを信じているのだろうか。いや、そうではないとイヴァンは思う。
(アウリスたちは、死ぬために戦っているんじゃない。生きるために戦うつもりなんだ。エルムトのために)
しばし思考に没頭していたらしく、マルティンが怪訝そうにイヴァンを見つめていた。
「イヴァン……?」
「ああ、すみません。では、俺はそのあいだに
「いや、待てイヴァン」
「隊長……?」
なぜ、マルティンが止めたのか理由がわからずに、イヴァンは目を瞬かせた。
「すまんが先に、医務室に行ってくれないか」
「ああ、オリヴァー先生ですか?」
軍医のオリヴァーはレムという助手がいなくなってから、一人で大忙しなのだろう。
行けば何かを手伝わされるかもしれないが、他ならぬマルティンの頼みとあっては断れず、イヴァンはふたつ返事で応えた。
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