試されているのは
翌朝、ノアに毛布を剥ぎ取られたレムはしぶしぶ起きた。
ひさしぶりの風呂とあたたかい食事、それからベッドでゆっくり眠れたので、疲れは取れていたものの、朝からきゃんきゃんうるさいノアに付き合うのは大変だ。
芋を裏ごしした冷たいスープと平べったいパンで、簡単な朝食を済ませると、ノアは情報収集に出掛けて行った。
残されたレムはすることもないので、二度寝にでも入ろうかと思ったものの、ノアは一時間ほどですぐ戻って来た。
「ネズミの尻尾を掴みましたよ、レムさん」
レムよりも年下の少年だが、ノアは凄腕の情報屋である。
イサヴェルでもない異国の土地でも、すぐに情報を集めてくる。それは正直にレムを驚かせた。同時に組織に飼い慣らされた犬でなければ、ノアはもっと良い生き方ができるだろうと、レムはなんとも複雑な気持ちになった。
「やつらは
「
裏組織の人間だと知られて、囚われたのだろうか。
イサヴェルを脱出してまで、組織から逃げ出したネズミたちだ。異国の地で簡単に捕まったのなら、さすがに気の毒になる。
「七日前に、大衆食堂で騒ぎがあったらしいんです。連中は酒にひどく酔っていて、暴れたとかで」
「それで給仕娘や他の客を殴ったと?」
「そうです。ケルムトでは暴行罪はけっこう重い罪です。それがちょっとした喧嘩でも、近衛兵がすっ飛んでくるそうですよ」
レムはため息を吐いた。すこしでも同情したのが間違っていたらしい。
イサヴェルからケルムトまで、駱駝を使ってもひと月は掛かる。
「どうします……? レムさん」
レムはしばし黙考する。あれだけ立派な宮殿となれば、守りも堅いのは必然である。容易く侵入が可能とは思えないし、忍び込んだとして地下牢までたどり着くには、難儀するだろう。
「おれは、深追いする必要はないと思いますけどね。どうせ、やつらはそのうち処刑されます。拷問されたら
「そうだね……。だけど、」
レムは途中で声を止めた。はたして、それであのサミュエルが納得するだろうか。
(もしかしたら、僕は試されているのか……?)
怒りよりも不快感の方が強い。試されているのは組織への忠誠心などではなく、レムがサミュエルを裏切らないかどうか、だ。
「行くよ。ネズミ退治、しなくちゃね……?」
やっと声を発したレムに、ノアは白い歯を見せた。
「そうこなくっちゃ!
「蛇姫……?」
「ケルムトの巫女ですよ。太守の娘で毒味役。その身体には血と一緒に百を超える毒が流れているとかで、おっかない女です」
「それに、
「詳しいですね、レムさん。巫女の獣は、でかい孔雀らしいですよ」
レムは微笑で返す。ノアはレムがエルムトにいたことは知っていても、
(忘れたつもりなんだけどな……)
意気揚々と出ていったノアを待つあいだ、レムはユハの作ったケーキの味を懐かしく思った。
*
ノアは夕暮れまでには戻って来たので、ネズミ退治はその日のうちに決行した。
昼間は賑わっていた市街地も夜になると静かになる。
ケルムトは夜が短いのだ。人間にとって重要な睡眠時間である夜は貴重で、どの店も家も灯りが消えるのが早かった。気候といい、エルムトとケルムトは真逆の国である。
(でも、この国でも巫女は神聖なる存在。そこに近付けば処罰の対象となるのは、免れない)
こうなれば、出会さないことを祈るしかない。
(くそっ、目が慣れない。でも、あまりぐずぐずしてもいられない。ノアは大丈夫だろうか……?)
宣言通り、ノアはレムを宮殿に入れるために一役買った。
市場で手に入れた火薬をちょっと細工して、外から宮殿へと投げ込んだ。派手な音を立てれば大事になってしまうので、調節がむずかしいところを、ノアは見事にやってのけた。
(なるべく宮殿から離れるように言ったけれど……、ちょっと心配だな)
本当は、先にイサヴェルに帰るように言ったものの、彼は首を縦に振らなかった。まったく頑固な少年だと、レムは呆れつつも、これで絶対に戻らなくてはならなくなった。
(って、人の心配をしている場合じゃないか)
レムは先を急ぐことに集中する。
衛兵たちの気配は感じなかったが、地下牢へと近付けばそうもいかなくなるだろう。余計な戦闘は避けるつもりでも、ネズミ退治の邪魔になるなら致し方ないと、レムはちゃんと割り切っている。
と、そのとき死角からいきなり攻撃されて、レムは飛びさがった。
レムに隙があったわけではなく、闇に目が慣れていないせいと、単純に相手の太刀筋がよかったのだ。
次の攻撃をレムは受けた。レムの得物は細身の剣だ。身体のちいさいレムにとって、殺傷力のある大振りの剣よりも、小回りの利く細剣の方が使い勝手が良い。
そして、ほんの少し剣を受けただけでも、相手の力量がわかった。
しっかりとした軍人の訓練を受けた手練れであることは間違いなかった。さすがは大国ケルムトである。
とはいえど、レムはこんなところでやり合う気はなかった。
どうにかして逃げよう。そのつもりで立ち回っていたレムは、しかしそこで相手の顔を見た。ようやく夜目が利くようになったところで、
「え……っ? な、なんで、ここに……」
それが自分の声だったのか、相手の声だったのか。あるいはその両方だったのか。
レムに剣を向けていたのは、エルムトで別れたはずのイヴァンだった。
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