組織に飼われた犬

 イサヴェルを南下して、ひたすらに荒野を進んだ。


 レムは駱駝らくだに乗るのは、はじめてだった。

 乗っているとけっこう揺れるので、慣れていないと乗り物酔いを起こすらしい。 


 さいわい、酔いには悩まされなかったものの、この暑さにはまいった。かんかん照りがつづくので、それだけ日中の気温があがる。それなのに、夜になると急に気温がさがるので、砂漠の旅はとにかく大変だ。


 大金をはたいて駱駝を手に入れて正解だったと、レムは思う。徒歩かちならば、何ヶ月掛かるかわからないし、途中で干からびてしまいそうだ。


 駱駝は大人しくレムたちを乗せてくれる。

 よく見るとつぶらな目が可愛らしいし、なんだか不思議な生きものに思える。乾燥地帯に生息するだけあって、暑さに強いし人間とはちがって何日も水を飲まなくても、平気な顔をしている。


「あともう二日もすれば、ケルムトに着きますよ。レムさん」


 レムの隣に並ぶ少年が言った。

 黒髪のくせっ毛と、気の強そうなどんぐり目が特徴の少年だ。駱駝を手配したのも彼だし、防寒具も水も食料も、何から何まで揃えてくれた。


「ケルムトに着いたら、美味しいものたくさん食べたいですね。おれ、もう干し肉も黒パンも飽きました」

「でも、ノアは元気だよね。僕はそれより、早く身体を洗いたいよ」


 ケルムトへの旅は、駱駝を使ってもひと月は掛かった。

 集落を見つけては水浴びはできたものの、それ以外は野宿がつづいた。汗と砂まみれで、髪も肌も服もひどい状態だ。


「知ってますか、レムさん。ケルムトの風呂は、冷たい水なんですって」

「まあ、これだけ暑ければ、そうだろうね」

「一度身体を冷やしたあと、香辛料をたっぷり使った羊肉を頬張るのが、ケルムトのたのしみ方らしいですよ」


 レムよりふたつ下の十五歳のノアは育ち盛りだからか、肉料理をたのしみにしているらしい。おまけにノアは辛党で、ケルムトの料理は垂涎すいぜんのご馳走なのかもしれない。


(でも、僕は辛い食べものよりも、甘い食べものの方が好きだけど)


 過酷な荒野の旅も、ノアが一緒だったのでどうにか耐えられたように、レムは思う。

 ノアはもともと人懐っこい性格のようで、とにかく明るい。レムが小柄なせいか、年下なのにノアはレムより背が高かった。


 この見た目のためか、レムはときどき性別を女の子に間違えられる。

 そんなレムだから、一人旅でもさせれば余計な厄介ごとに巻き込まれると読んだサミュエルの判断は、実際正しい。ノアという番犬がいるのといないのとでは、大違いだ。 


 黒髪の少年と出会ったのはふた月ほど前、組織の情報屋としてイサヴェルを駆け回るノアは、最初レムに対して歯を剥き出しにした。エルムトから来た敵だと見做みなしていたらしい。


 ところが、ちょっとしたドジを踏んで、ノアは危機に陥った。

 レムが助けたのは偶然で、手負いの獣が如く暴れる少年を治療するのは、大変だった。


(そのあとは、嘘みたいに大人しくなったし、いまでは犬みたいに懐いているけど……)


 すこしむかしを思い出して、レムは苦笑する。

 孤児のノアは、誰からも愛されずに必要とされずに生きてきたのだろう。組織に飼われた犬。何度も危ない橋を渡ってきたにちがいない。いまのノアは、レムの番犬よろしくといったところだろうか。


 ノアの言ったとおり、二日以内にはケルムト国内に入ることができた。

 

 イサヴェルも広いが、ケルムトも引けを取らないほど広くて大きい。中心部にある街の入り口からでも、黄金の宮殿グラズヘイムが見えて、その迫力にレムは圧倒された。


 さすがは絢爛けんらんなる黄金の都である。

 

 大通りも市場も、どこもかしこが人でごった返している。

 ほとんどは褐色の肌を持つケルムト人だが、レムやノアのような白肌の人間も見かけた。旅行者か行商人だろうか。ともかく、ケルムトは豊かな大国のようだ。


 宿場へと入ったレムたちは、ひとまず身体の汚れを落としてから、今後を話し合うことにした。


 長旅で疲れ切っていたので、屋台でご当地料理をたのしむ余裕もなかったが、部屋でくつろいでいるところに、料理が運ばれてきた。これは宿代に含まれているらしく、お腹がぺこぺこだったノアは特に喜んでいた。


 レムもありがたく頂くことにした。

 トマトとひよこ豆と肉団子の入ったスープには、香辛料がたっぷりと使われていた。ひさしぶりのあたたかい食事にほっとしたし、スパイスのよく効いた味付けはとても美味しかった。


 デザートの甘いアイスクリームまでしっかり平らげたあと、レムもノアも眠気に負けてベッドに吸い込まれてしまった。


「おれ、明日の朝一で情報収集に行ってきますね」


 ノアの声にもちゃんとした返事ができたかどうか、自信がない。それくらいに疲れていたレムは、ひさしぶりのベッドでゆっくり朝まで眠った。

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