第二章 裏切り者と信じない者
あのとき食べたオムレツ
レムは寝付きが悪い。
その上、ちょっと
浅い眠りを何度も繰り返しているうちに朝が来る。目が冴えて眠れなかったときは最悪だ。
そういう日には起きるのを諦めて、
とはいえ、エルムトではそうもいかなかった。
少年から
朝の弱いレムにとって、もうそれだけで苦痛だったのだが、そうも言ってはいられない。朝から元気すぎる男が迎えに来るからだ。
(こんな生活を見られたら、きっと激怒するだろうな)
午後になってもなお、レムはシーツに包まっている。
二度寝ならぬ五度寝だったが、どうにもこうにも身体がだるくて動けない。喉は渇いていたものの、そのために起きるのも億劫で寝直した。台所は寝室と隣接しているにもかかわらずだ。
さすがにそろそろ起きようかどうしようかと、思案しているところでいいにおいがした。バターをたっぷり使った卵を焼くにおいだ。レムのお腹がぐうと鳴った。
「ずいぶんと朝寝坊だな。とっくに昼を過ぎているぞ」
言葉とは裏腹に、レムに掛ける男の声はやさしかった。
こぢんまりとしたテーブルの上にはできたてのオムレツと、トウモロコシのスープ、グリーンサラダにデザートの林檎が並べられていた。白パンは温めているところなのだろう。そのあいだにコーヒーを淹れるのが、彼のルーティンだった。
「お前は本当に朝が弱いな」
意地悪っぽく笑う男を無視して、レムはまず顔を洗った。洗い立てのタオルを受け取って、顔を拭いながら、ふうとため息を吐く。
(ったく、誰のせいだと思って……)
口のなかで罵りながらも、レムは席に着く。
二人前以上のボリュームでも、レムの向かいに座った男はコーヒーを飲むだけだ。なにしろ育ち盛りのレムは、一人で綺麗に平らげる。料理する方も作りがいがあるだろう。
「そっちこそ、こんな時間にいるなんて、めずらしいね」
低血圧のレムとはちがって、彼の朝は早い。
レムが目覚めたときにはとっくにベッドにいなければ、コーヒーだけの朝食を済ませて家から出ている。
「バルブロからの呼び出しだ」
応えにレムは眉根を寄せた。
(あいつか……)
安易に近づけるはずもないと、レムは思っている。
おまけに
「サミュエルは、なんであんなやつの言うことを聞くわけ?」
コーヒーを飲みながら、新聞を読んでいたサミュエルが顔をあげた。金髪の下に隠れているアメジスト色の目が、レムを射貫く。
「気に入らないか?」
「不服だよ。バルブロなんかに顎で使われるサミュエルなんて、見たくない」
レムはそれとなくサミュエルから視線を外した。
サミュエルは長身だが
美しい金髪がお日様の色みたいで好きだと言ったら、それからサミュエルは髪を切らなくなった。五年も前だから、いまでは腰の辺りまで伸びているものの、手入れはちゃんとしているようで、枝毛ひとつ見当たらない。
(でも、そうじゃない。サミュエルは……)
レムの視線の先には、サミュエルが
はるか遠い東の島国で作られた
「バルブロはもともと貿易商だったんでしょ? それも、あいつからもらったの?」
「まあな……」
冷笑を浮かべながら応えるサミュエルに、レムはむっとした。
バルブロを嫌っておきながら、奴の扱う武器には興味あるのを見抜かれたからだ。
「そう邪険にするな。あれはなかなか面白い男だ」
「ふうん」
関心のないふりをして、レムは白パンをちぎる。喋っているうちに、スープもオムレツも冷めてしまった。
「夜には戻る。……いい子にしてるんだな」
色が抜けて、だんだんと白に近くなったレムの金髪を撫でながら、サミュエルが言う。昼間は子ども扱いするくせに、夜になると変貌するのはどういう了見なのだろうと、レムはいつも思う。
一人になってレムは食事を再開した。
見事なほどに綺麗に巻かれたオムレツはやっぱり美味しい。バターと牛乳、それにチーズも使っているらしく、濃厚だが飽きない味だ。
(オムレツなら、イヴァンも作ってくれたっけ)
料理が苦手なくせに、レムを真似して卵料理を作ったイヴァン。
その出来映えは、サミュエルのオムレツと天と地ほどの差があった。オムレツというよりはもはやスクランブルエッグと化した卵料理を、レムとイヴァンはふたり笑い合って食べた。
(でも、あのとき食べたオムレツ、美味しかったな……)
つまらないことを思い出して、レムは残りの料理をただ作業的に口へと入れた。
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