夏至の祭り

 七日間つづく夏至の祭りユハンヌスも終わりが近づいてきた。


 エルムトのあちこちで、花や葉っぱで作った冠をかぶった娘たちの姿が見える。

 湖のそばでは焚き火が行われたり、花占いや卵占いが人気だったり、手を繋いで歌ったり踊ったりと、人々は思い思いの祭りを過ごしている。

 

 本土のイサヴェルからもたくさん人がやってきて、いっしょに祭りをたのしむ。

 目一杯お洒落をした娘たちにとって、この期間は絶好の機会である。娘たちから男たちにダンスを申し込んで、そこから付き合いをはじめる。それが結婚へと繋がるのだから、誰しも皆必死なのだ。


 一方の輝ける月の宮殿グリトニルはといえば、物々しい雰囲気だ。


 冬至の祭りユールほどではないが、この期間にエルムトを訪れる要人たちは多い。彼らの警固を軍神テュールたちは命じられるので、祭りが終わるまでは気を抜けずにいる。


 輝ける月の宮殿グリトニルの守りも、いつも以上に堅い。普段は宮殿の最奥にある祈りの塔に篭もっている月の巫女シグ・ルーナが、塔から出てくるからだ。


 朝露に濡れる前の薬草を摘むのは、巫女であるエリサの役割だ。

 

 この期間の朝露には治癒力が込められていると伝えられていて、病気や怪我に苦しむ人のために使う。また、その神聖なる時間に、他の者が祈りの塔に近付くことはできない。だから月の巫女シグ・ルーナ眷属けんぞくであるユハだけが、エリサの護衛となるわけだ。


 イヴァンを含めて、他の軍神テュールも、夏至の祭りユハンヌスのあいだは緊張を解けずにいる。


 月の巫女シグ・ルーナはエルムトの象徴であり、大切な存在である。

 エルムトの人々は月と月の女神マーニを愛し、女神の加護を受けた月の巫女シグ・ルーナを敬愛する。


 夏至の祭りユハンヌス冬至の祭りユールも、エルムトの人々にとって欠かせない行事ではあるものの、外部の者が巫女に接触できるのはこの期間だった。


(先代の巫女たちは何度も危険な目に遭っている。エリサもいつ、命を狙われてもおかしくない)


 隊長のマルティンは、本土イサヴェルの要人たちに付きっきりだ。


 為政者いせいしゃや聖職者、あるいは大商人たち。小国のエルムトとは比べものにならないほど、本土イサヴェルは広くて大きい。いつの時代もエルムトを属国にするために、戦争を仕掛けてきたのが本土イサヴェル。しかし、小国でありながらも、月の巫女シグ・ルーナに守られたエルムトは、けっして屈しなかった。 


 巫女同様に、軍神テュールの歴史もそこそこに長い。


 だが、年々男の数は減る一方だ。

 戦士ではない男たちを掻き集めても、大国に対抗できるほどの力はない。だからこそ、個々の力をあげていくしかないと、そうイヴァンは思っている。

 

「だから、あんなやつ、放っておけばいいのに」


 吐き捨てるように言った銀髪の少年の名を、ミカルと言う。

 イヴァンとおなじく軍神テュールで、しかし三つ下の少年は、まだまだ言動が幼いところがある。


「そういうわけにもいかない。あいつも、軍神テュールだからな」

「はっ! まともに訓練にも参加したことのないやつが、軍神テュールだって?」


 ミカルはさっきまで振り回していた木剣を地面に投げた。

 イヴァンはため息を吐く。ふたりともそれぞれ任務を任されていたが、空き時間を見つけては訓練場へと行く。警固に当たる際に余計な声を落としてはならないし、石のようにじっと固まっているので、身体を動かしたくなるのだ。


「そう言うな。レムにだって、いろいろあるんだよ」

「色々って、なんだよ」


 ミカルは相当に鬱憤うっぷんが溜まっているのだろう。イヴァンも気持ちはわかる。本土イサヴェルの要人たちは、横柄な物言いをする者が多く、おまけにイヴァンたちを子ども扱いだ。


「だいたいあいつ、要人の警護にも来ないじゃないか。どうせまた、逃げてるんだろ?」

「逃げてるんじゃない。……ちょっと具合が悪いだけだ」

「なんだよ、それ。ほんとに弱っちい兎だな」

「エルムトの気候に慣れていないんだ。体調を崩すのも無理はないさ」

「どうせ仮病だろ? そもそもエルムトの人間じゃないやつに、軍神テュールを任せるのが間違ってるんだ」

「ミカル……!」


 辛抱強くミカルをたしめていたイヴァンだったが、その言葉は聞き捨てならなかった。

 イヴァンは思わず声をあげてしまっていた。ミカルは一瞬だけびくっと身体を震わせたものの、またすぐ元の生意気そうな顔に戻った。

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