あなたが好きなんですよ

「な、なんだよ。本当のことじゃないか」

「口が過ぎるぞ、ミカル。レムを軍神テュールに任命したのは、月の巫女シグ・ルーナだ。お前は彼女の意思に背くというのか?」

「ぐ……っ、おれは、でも……っ!」


 さすがに大人気なかったかもしれないと、イヴァンは反省する。軍神テュールにとって、月の巫女シグ・ルーナ番人ヘーニルの声は絶対だ。


(ミカルはまだ子どもだからな。でも、なぜそうもレムを嫌うんだ……?)

  

「そこまでにしておいたらどうですか?」


 訓練場にはイヴァンとミカルの二人だけだったが、そこにもう一人がやって来た。


「ミカルが間違っているとは思いませんよ。レムの行動は目に余ります。軍神テュールの士気に関わりますからね」

「アウリス、お前まで」

「いいえ、誤解なさらないでくださいね。私はべつに、ミカルが弟だから庇うわけではありませんよ」

 

 歯噛みするのはイヴァンの番だった。さすがに二対一、それもこの兄弟なら分が悪い。本人はそう言っているものの、アウリスは弟のミカルに甘いのだ。イヴァンがレムにそうであるように。


「やる気がないなら、それでもけっこうです。オリヴァー先生の助手にでも、専念なさればいい。軍医は何人いても困りませんからね」

「あいつ、血とか見たら失神するんじゃないのか?」

「あれでなかなか手際が良いそうですよ、ミカル。軍神テュールよりも似合っていると思いませんか?」

「ちがいねえや」


 イヴァンは固く作った拳に力を入れる。レムだけならず、妹のエリサまで卑下ひげされているような気分になる。アウリスはそんなイヴァンをちらっと見て、冷笑を浮かべた。


「一番彼の近くにいるあなたが、そんなことくらいわかっているのではないですか? イヴァン」

「俺は……」

「あなたから隊長と月の巫女シグ・ルーナに訴えればよろしいのでは? それは彼のためにもなりませんか?」


 イヴァンは声を紡ごうとして、しかし唇を閉じた。それは隊長であるマルティンと月の巫女シグ・ルーナの顔を潰すことになるだろう。


(でも、アウリスの言うことは正しいのかもしれない。もし、敵が攻めてきたとき、レムはきっと生き残れない。俺が傍で守ってやれたらいいが、それも叶うかどうか)


 だんまりをつづけるイヴァンに呆れたのか、ミカルは舌打ちしながら行ってしまった。アウリスが気の毒そうな目で、イヴァンを見つめている。


「ミカルの気持ちも、すこしはわかってやってください」

「しかし、俺は副隊長として」

「いいえ、そうではありませんよ。弟の個人の感情です」


 イヴァンは瞬きを繰り返す。察しの悪いイヴァンに、アウリスは眉を寄せた。


「まさか……、なにひとつ気付いていなかったのですか?」

「なんの話だ?」

「あの子は、ミカルはあなたが好きなんですよ。ですから、レムに嫉妬しているのでしょう」

「な……っ!」


 動揺したイヴァンは、収めようとした木剣を落とした。

 じつはエルムトで同性愛者はめずらしくはない。結婚も認められているので、同性を愛することも許されている。ただし、それは女性同士が多かった。男よりも女の数が圧倒的に多いエルムトでは、そうなるのも自然な話だろう。


「はあ……。本当に気付いてなかったのですね。弟が不憫でなりませんよ」


 そう言い残してアウリスも行ってしまった。


(あれは、反発しているわけではなかったのか……)


 言われてみれば、ミカルの言動には思い当たる節があった。

 だとしても、イヴァンにはミカルの気持ちに応えることはできない。あの少年はイヴァンにとって、単なる同僚の一人に過ぎなかったからだ。

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