熱烈な煙の歓迎

「だから、大丈夫だって言ってるのに」

「いいや、だめだ。ちゃんと休め」


 さっきからこれの繰り返し、レムとイヴァンは押し問答しながら、けっきょくは医務室へとたどり着いた。


 イヴァンの過保護は、いまにはじまったことではない。


 彼はふたつ下の妹エリサに過干渉である。

 エリサが月の巫女シグ・ルーナになってからは、すこしは落ち着いたと思いきや、過保護の対象がレムに移っただけで、イヴァンは相変わらずだ。


 事のはじまりは、二人が本土イサヴェルの要人に挨拶に行ったあとだ。


 気分が悪くなったレムの顔は真っ青で、貧血を起こしたのだとイヴァンは騒ぎ出した。

 たしかに回廊にはすごい人で溢れていたし、揉みくちゃにされて、レムはそれだけでぐったりだった。要人たちに対して、ちゃんと挨拶を返せたかどうかも覚えていない。


 そういうわけで、レムは半ば無理やりに医務室へと連行されたのだった。


(まあ、先生に差し入れを届けるところだったから、べつにいいんだけど)


 だから一人でも大丈夫と言い張るレムに、イヴァンは引きさがらずに、ここまでやいのやいのと喧嘩しながら、やってきたという次第である。


 扉の向こうにいるはずのオリヴァーにきこえるように、イヴァンはノックした。

 すこし待ってみたものの返事はなかったので、イヴァンはレムを見つめてきた。ああ、これは居留守だなと、二人とも確信があった。


「失礼します、イヴァンです」

「先生、いるんでしょ?」


 二人は同時に扉を開けた。しかし――。


「うわっ、煙たい!」

「ちょっ、なんだこれ! 火事か!?」


 開けるやいなや熱烈な煙の歓迎を受けたレムとイヴァンは、二人して咳き込んだ。


「なんだ、お前らか」


 煙の向こうから声がする。何のことはない。煙の原因はここの主の仕業である。


「先生、またここで煙草吸って! しかも煙草吸うときは、ちゃんと窓を開けてって、言ったでしょ」

「か、換気だ。換気!」


 喉も痛いし目も痛い。こんなに充満していても平気なくらいに、オリヴァーはヘビースモーカーなのだった。


「まったく五月蠅うるさいな。……で? 何の用だ?」


 レムとイヴァンの訴えも無視して、オリヴァーは煙草を吸いつづける。こんな横暴が許されるのも、オリヴァーが軍医だからで、加えてここ数日は患者もいないためだった。


「先生に、差し入れ持ってきたんですよ。ほら」

「お前、可愛い奴だな」

「茶化さないでください。どうせちゃんと食べてないんでしょ?」

「タコさんウインナーは?」

「はいはい。入ってます」


 窓と扉を全開にして、ようやくすこしは空気が綺麗になった。

 

 オリヴァーは机で書き物の途中だったのだろう。

 眼鏡を掛けているのは、最近すっかり近くの字が見えにくくなったとか。さすがに老眼にはまだ早いのではとレムは思う。オリヴァーは、軍神テュール隊長であるマルティンと従兄弟同士で、歳もそれほど離れていないはずだ。


(でも、従兄弟なのにあんまり似ていないんだよね)


 共通点と言えば赤毛くらいだろうか。

 さっぱり短くしているマルティンとちがって、オリヴァーは赤毛を伸ばしっぱなしだ。あとは二人とも長身の大男なのだが、筋肉質のマルティンほどオリヴァーはごつごつした身体付きでもなく、どちらかといえば不健康そうに見える。


(っていうか、先生は医者のくせに不摂生過ぎるんだよな)


 早くから所帯を持ったマルティンはさすがに健康的で、いつまでもフラフラして、あちこちに愛人を作っているオリヴァーと比べるのもどうかと、レムはちょっと反省する。



「で、では、俺はこれで失礼します」


 レムを医務室へと送り届けて満足したらしく、イヴァンはそそくさと帰っていった。

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