お前は向いていない

「なんだ? お前ら、ここでしけ込むつもりだったのか? せめて俺がいないときにやってくれ」

「ちがいますよ。……イヴァンはその、僕が急に気分が悪くなったから、ここに連れてきただけで」

 

 イヴァンには大丈夫と言い張っていたレムだったが、実はあまり大丈夫ではなかった。正直、立っているのもつらい。


「具合が悪いなら早く言え。そっちで勝手に寝てろ」

「そうさせていただきます」

「俺は腹が減ってるから、これを食う。お前もあとで食べるか?」

「いえ、要りません。ちょこちょこつまみ食いしてましたから」


 小台所に寄って急いで詰めたはいいものの、後片付けをするのをすっかり忘れていたのを思い出した。


(まあ、いいか。二時間くらい休ませてもらって、そのあと戻れば)


 ベッドに横になって目をつむる。頭痛と吐き気が治まれば、動けるようになるはずだ。あんなところで貧血を起こして、イヴァンには心配を掛けてしまった。これでますますイヴァンの過保護は増すだろうか。


(そういえば、手伝ってもらったのに、お礼を言ってなかったな。まあ、今度はイヴァンになにか作ればいいかな)


 オリヴァーみたいに好き嫌いがイヴァンにはないので、なんでも喜んで食べてくれるだろう。


 ユハに教わって、甘さを控えたお菓子でもいいかもしれない。あれこれ考えているうちに、咀嚼そしゃく音もきこえなくなった。オリヴァーの好物ばかりを詰め込んだ差し入れは、ちゃんと綺麗に平らげてくれたようだ。


「ねえ、先生」

「なんだ? 眠れないのか?」


 眠ろうと思えば眠れるのに、レムは毛布を被ったまま、あれこれ考えごとをしてしまう。

 

「僕、やっぱり軍神テュールよりも、先生の助手の方が合ってると思うんですよね」

軍神テュールの仕事は嫌か?」

「嫌っていうか……。仕事っていうほど、僕なにかしてるわけじゃなくて」

「じゃあ、戦うのが嫌か?」


 レムは息を止めた。当たりだった。


(血を見るのがこわいとか、そういうのじゃない。だったら、先生の助手なんて務まらない)


「人を傷つけるのが嫌だってのなら、たしかにお前は向いていないだろうよ」


 軍神テュールの訓練を逃げてばかりのレムを見かねて、オリヴァーのところに連れて行ったのはマルティンだ。最初は包帯すら満足に巻けなかったレムを、オリヴァーは追い出したりしなかった。


「ねえ、先生」

「なんだ?」

「先生が僕の面倒を見てくれたのは、僕のことが好きだからでしょ?」


 しばしの沈黙があった。オリヴァーは粗野そやで物言いも荒々しいが、嘘は吐かない人間だ。


「そうだと言ったら?」


 レムはくすっと笑った。


「じゃあ、下心もあったんだよね?」

「……イヴァンほどではないがな」


 おまけにオリヴァーは冗談を言うのが苦手だ。

 だからこれも冗談ではないのだろう。引き合いに出されたイヴァンが気の毒なのは、この際置いておくとして。


「俺はちょっと出てくるから、大人しく寝てろ」


 どこに行くのかレムは問わなかった。行き先を告げずにオリヴァーがいなくなるのはよくあることで、何日かすればそのうちふらっと戻ってくるからだ。


 では、遠慮なくベッドを使わせてもらおうと、レムはふたたび瞼を閉じるところだった。医務室を出て行こうとしたオリヴァーが、レムをじっと見つめていた。


「最近、薬の減りが早い上に、いくつかなくなっている。お前、知らないか?」


 薬品棚に収まりきらない薬がそこここに散らばっている。レムに負けず劣らずオリヴァーも片付けが下手だ。空き瓶を捨てるとか、まずその発想がない。


「ごめんなさい。あんまりにも散らかってるから、ちょっと片付けようと思って。割っちゃいました」

「チッ、気をつけろよ。薬は高いんだ。鎮痛剤なんてやつは特にな」

「はい、気をつけます」


 素直に白状すれば、オリヴァーはそれ以上追及しなかった。

 他に誰もいなくなった医務室で、今度こそレムは目を閉じて眠った。

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