美しすぎる男

「うわ、本当だ。すごい人」


 貴賓きひん室へとたどり着く前に、レムはマルティンの言っていた意味がわかった。

 

 いつも静かな回廊が賑やかだし、大勢の人でごった返していた。

 そのほとんどが若い娘たちで、どの娘も頬を赤く染めたりきゃあきゃあ言ったりと、とにかく騒いでいる。


「なんか、すごいね。イサヴェルの人間なんて、別にめずらしくないはずなのに」

「彼女たちからしたら、夏至の祭りユハンヌス冬至の祭りユールは戦いらしい」

「戦い……? なにそれ?」

「いや、俺にもよくわからないが」


 イヴァンはときどき妙なことを言う。レムとしては、もうすこしちゃんとした説明がほしいところだ。


「隊長が言うには……、エルムトでは男が少ないから、こういう機会に本土イサヴェルの男を捕まえるそうだ」

「ああ、そういうこと」


 なんとなくレムにも理解できた。エルムトは男よりも圧倒的に女が多い国だ。つまり妙齢みょうれいを迎えた娘たちは、本土から男たちがやって来るこの時期は、結婚のチャンスらしい。


「イヴァンのお父さんも、イサヴェルの人だったんだっけ?」

「ああ。父上はイサヴェルの官吏だったらしい。両親の馴れ初めは、やっぱり冬至の祭りユールだったみたいだし、父上の一目惚れだったとかで」

「ふうん。つまり向こうも、お嫁さん探しってわけなんだ」

「まあ、そうだな」


 イヴァンはさらっと言っているが、彼の実家はけっこうすごい豪邸だ。

 イヴァンもエリサも、もう何年も帰っていないのは軍神テュール月の巫女シグ・ルーナだから。それに、ふたりの母親はもうずいぶん前に亡くなって、父親も二年前に亡くなったそうだから、帰っても仕方ないのだろう。


「でも、こんなに集まってるってことは、競争率高そうだね」


 レムは苦笑する。いつもはどこに行っても、持てはやされるイヴァンだ。

 しかしすぐ近くにいるにもかかわらず、娘たちはまったくイヴァンに気付かずに、本土の要人とやらに夢中だ。


(そんなにきゃあきゃあ言うほどの美形なら、ちょっと見てみたい気もするけれど)

 

「おっと、挨拶に行かなくては、だな」

「ああ、うん……。そうだね」


 とはいうものの、これだけ集まった娘たちを押しのけて要人にたどり着くのは、なかなか大変だし勇気が要る。

 

 イヴァンほどではなくとも、レムもそれなりにちやほやされる部類である。

 それなのに、娘たちはまったくこちらに気付かない様子で、容赦なく押し潰してくる。なんとか要人たちのところにたどり着いたときには、二人とも息絶え絶えといったところだった。


「遅れて申しわけありません。軍神テュール副隊長、イヴァンと申します」


 さすがはイヴァンだ。もう帰ろうかと気が萎えたレムとはちがって、すぐ軍神テュールの顔に切り替えた。


「なんだ、まだガキじゃねえか」


 しかし、返ってきた声は明らかな侮蔑ぶべつが含まれていた。


 思わず気色けしきばんだレムを、そっとイヴァンが制する。こういうところも、イヴァンはすごいとレムは思う。本土の要人は、短躯たんくで歯が出ている醜男だった。


(いや、こいつじゃない。だとしたら、注目されているのは護衛の方か……?)


 わざわざこちらで護衛が必要ないというのも、優秀な護衛を付けているからだろう。

 レムはそれとなく視線を流す。この出っ歯の男は、自分が持てはやされていると誤解しているようだが、そうではない。


「言葉が過ぎますよ、閣下」


 はっとして、レムは声の方に目を向けた。娘たちに囲まれた長身の男が見えた。


 目が合ってしまった。そのとき、レムの肌が粟立あわだっていた。


「チッ、俺は別に護衛なんぞ、いらんと言ったがな」

「そういうわけにもいかないのでしょう。いくら私が付いているとはいえ。それに目を離した隙に、閣下がここで迷子になられても困ります」

「チッ、ガキかよ。俺は」

 

 最初に声をきいたとき、レムはこれが何かの間違いか夢であってほしいと、そう思った。


 イヴァンにつづいて名乗らなければならないのに、レムは声が震えてうまく出てこなかった。

 要人の名前も、その護衛の名前も、耳を素通りする。艶麗えんれいな笑みで、護衛の男がこちらを見つめている。


 たしかに、その男は美しかった。


 長身で痩躯そうくだが、そこに弱々しさは見えずに、むしろ均整の取れた体付きだ。

 背に流した美しい金髪は、じっくり観察せずとも、よく手入れされているのがわかる。そのかんばせにしても、美術品のように精巧で、目鼻立ちのどれをとっても整いすぎているくらいだ。


 そして、眼窩がんかに埋め込まれたアメジスト色の目。

 目を逸らしてしまいたいのに、あの目はどこまでもレムを追ってくる。


「レム……?」


 イヴァンの呼びかけにも、レムは反応できずにいる。


 容姿端麗な男を前に、極度に緊張してしまったのだと、きっとイヴァンにはそう見えたのかもしれない。

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