サンドイッチとタコさんウインナー
要人の護衛を任じられてからというもの、イヴァンの機嫌はすごぶるよかった。
レムをしつこく追いかけ回したりしなかったし、訓練に出ろと口煩くも言わない。
ただ一日に二、三度顔を見に来るだけで満足しているようで、レムにしてみれば、それが却って気持ち悪かった。
「そんなに心配しなくても、逃げたりなんかしないのに」
地獄耳かと言うくらいに、なんでも食いついてくるイヴァンだが、いまはぼそっとつぶやいたレムの声も届いていないらしい。
レムはため息を堪えて、目の前の作業に集中する。
先ほど切り終えたパンは白パンとライ麦パンの二種類、具材はゆで卵を刻んだものとハム、スモークサーモンにチーズ、白身魚はこれからフライにするとして、なんだか彩りが偏っているのは気のせいと思い込む。
(でも、仕方ないか。先生は生野菜がキライだし)
いい歳をして好き嫌いをするのはどうかと思うものの、いちいち文句を言われるのも面倒なので、野菜は省くことにした。案の定、イヴァンから野菜が足りなくないかと言われたけれど、レムはさらっと無視する。
(あとはオムレツを巻いて……。って、卵が被ってるけど、まあいいか。それにハンバーグとタコ足ウインナーと。なんだか子どものお弁当みたい)
「なあ、レム。芋を潰し終わったぞ。それからどうすればいいんだ?」
イヴァンは集中しているあいだはけっこう静かだ。レムが考えごとをしているうちに終わったらしい。
「ありがと。じゃあ、それは置いといて。あとで黒胡椒で和えるから」
「味付けくらいなら、俺でもできるぞ?」
「いや、大丈夫。それより、そこに溜まった洗い物をお願い」
「よし、任せろ」
さて、イヴァンに洗い物を任せているうちにサンドイッチをこしらえようと、レムも集中する。
イヴァンはあれこれ手伝いたがるが、切ったり芋の皮を剥いたりするのが苦手だ。
剣とちがって力加減がむずかしいらしい。味付けを頼むの不安で、几帳面なイヴァンはなんでもきっちり測りたがる。そのくせちょっとでも目盛りがずれると大騒ぎして、「レムどうすればいい?」がはじまるので大変だ。
(イヴァンは料理がニガテなんだよねえ。洗い物とか片付けは上手なんだけど)
かく言うレムはイヴァンと反対に、料理はできても片付けるのは下手である。
要するに作るのに満足して、後片付けする頃には飽きているのだ。見た目に反して
「なあ、これぜんぶ先生のところに持っていくんだよな?」
「そうだよ。しばらく先生の助手をできそうもないし、どうせろくなものを食べてないだろうから」
「はあ……。オリヴァー先生も忙しいんだな」
レムとイヴァンが先生と呼ぶオリヴァーは軍医だ。
しかし、このところはエルムトで大きな争いも起きていないので、暇なはずだ。それなのに、どうやらあちこち駆け回っている様子。医者とはそういうものなのだと、イヴァンは勝手に納得しているようだが、オリヴァーの人となりを知るレムは苦笑で返した。
(というより、あの人はずぼらなんだよね)
医者という職業柄か、関心のある研究に没頭しては、寝食を忘れるというのがオリヴァーなのだ。
まあ、レムも人のことをどうこう言えるような立場ではない。汗を掻くのが嫌で、
「おっ、やっぱりここにいたな。お前たち」
小台所に入ってきたのはマルティンだった。
「なんだなんだ、お店屋さんでもはじめたのか?」
「ちがいますよ。これは先生への差し入れです」
「そうか。オリヴァーのやつ、食に無頓着だからなあ」
相変わらず声が大きすぎる。思わず耳を塞ぎたくなるような音量だ。うんざりするレムをよそに、マルティンは洗い物と格闘しているイヴァンを見た。
「おっ、イヴァンも手伝っているのか。お前たち、本当に仲が良いなあ」
「そんなことないですけど。でも、隊長はどうしたんです? お腹空いてたんです?」
「まあ、腹は減ってるが……そうじゃない。二人を呼びに来たんだ」
「僕とイヴァンを?」
「そうだ。本土の要人たちが着いたので、まず挨拶に行ってほしい」
レムは目を瞬かせた。
「
「すごいことって?」
「まあ、行ってみればわかる」
「はあ……」
これはどうやらすぐに行けということらしい。
お弁当はほとんど完成していたので後片付けだけ、それも戻ってからにするしかなさそうだ。
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