第2話


1284年6月27日


 「急に動かない方がいいよ」

 

 僕が目を覚ましたことに気付いて、横に腰掛けていた少年がそう言った。同い年くらいだろうか、とても優しい喋り方に安心した僕は、ひとまず仰向けでいることにした。


 「君、昨日から目を覚まさなかったんだよ。他はみんな起きてる。」


 言われてみれば周りには他に2人の子どもがいる。あの紅い夕焼けに照らされて立っていた3人だと分かった。それに、どうやら喋れそうだ。ゆっくりと身体を起こして、心配そうに見てくれている少年に声をかける。


 「ありがとう。もう大丈夫みたい。君たちは誰?同じように列に並んでいたの?ここはどこか分かる?それに…」


 僕の質問が止まらないと思ったのだろう、少年は少し笑って遮った。


 「待って待って。落ち着いてよ。おれ達も同じさ。分からないことだらけ。君が今言った質問はみんな思ってるよ。」


 そうか、この少年もみんなも、僕と同じように理由も分からないままここにいるのか。

 

 「君が起きる少し前に3人で話したんだ。どうやらここは石で出来た部屋のような場所で、おれ達はみんなお互いを知らない。ここにいる理由も分からない。それに…それに、さっき君がしようとした質問だと思うけど、おれ達の“違い”について。」


 そう、“違い”だ。少年が言うように、僕達には明らかな“違い”がある。まず少年、彼の耳はとても長いのだ。僕の耳と比べると、横に長く、尖っている。耳以外は他の2人に比べると、少し細身だが僕に近い気がする。そんなことを考えていると、女の子が口を開いた。この女の子は…


 「み、みんな、目が、2つしかないんだね。ふ、不思議だね…」


 この女の子は目が3つある。おでこにもう1つ目があるのだ。キョロキョロと僕達3人を忙しなく見ている。それと髪の毛が見たことのない色をしている。鮮やかな青。昔市場で見かけた珍しい花のようで、とても綺麗だと思った。


 「わたしは毛がない人間初めて見た!」


 1番驚いたのはこの子だ。長い耳より、3つの目より、青い髪より、驚いた。このフサフサで真っ白な毛並み、どういうことだろうか。犬に近いと思うが、手の指は5本に分かれ、物を掴みやすそうだ。尻尾はあるし、僕と同じような肌色の顔からはヒゲが4本生えている。人と犬が6:4で混ざったような見た目をしている。しかも今この子は、自身のことを人間と言った。どういうことなのだろう。 


 「さっきも聞いたがおまえ達は本当に人間か?毛はどうした?」

 

 真っ白な毛の子は、本当に不思議そうに、僕達を見ている。


 「おそらく君以外は毛がない人間なんだと思う。おれも君たちみたいな耳の人間を見たことがない。」


 耳の少年が言うように、僕達はみんな、それぞれ“違う”人間なのだろう。でもなんだろう、こんなに受け入れられるものなのかな。それにさっきからずっと違和感が消えない。なぜだろう。



「さ、最初は言葉も通じないし、目は少ないし、あ、悪魔とかそういう人達かと思った…。」


 そうだ言葉だ。違和感。これほど見た目が違うのに、同じ言葉を話している。


 「なぜ僕達は言葉が通じるの?それに“最初は”ってどういうこと?」


 「君が起きる少し前に、目の彼女が持っていた笛を吹いてくれたんだ。そしたら言葉も分かるようになったし、何より怖い気持ちや不安が消えて、みんな話せるようになった。」


 …笛。


 ーー「どれが欲しい?」「人数分しか持ってきてないし…」ーー


 あのおかしな人は確かに笛も持っていた。4本の手に持っていたのは、笛、ムチ、氷菓子、頭骨だったはずだ。彼女が吹いた笛はあの人が持っていたものなのか?あの、とても嫌な音がする笛なのか?僕を含めた4人の子どもが、こんなにも落ち着いているのは、その笛の音でおかしくなっているのではないか?


 「その、笛っていうのは君が持ってきたの?それとも黄色い靴を履いたおかしな人に貰ったもの?」

 

 出来るだけ優しく落ち着いた口調で、目の少女に聞いてみる。


 「き、黄色い靴!そうだよ!歯が真っ黒で怖くて、す、好きなものを選べって言われて、怖かったから目についた笛にしたの。ど、どうして?」

 

 「やっぱり…じゃあ他の二人は…ムチか氷菓子か、頭骨を貰ったんじゃない?」


 「わたしはムチを貰ったよ!一番強そうだった!」


 「おれは理由はないんだけど、頭骨を選んでしまったよ。今考えると、骨なんて怖いんだ。でもあの時は“ああ、この頭骨を選ばなきゃ”って思ったんだ。」


 やっぱりみんなあの4つから選んでる。あのおかしな人が僕達に変な物を渡して、ここに連れてきたんだ。


 「僕は本を貰ったんだけど、今はどこにあるか分からないや。役に立つとは思えないけど何か書いてあるかも知れない…」


 「確かに、本なら何か書いてるかもしれないか。おれも探すの手伝うよ。」


 「わたしも!」「わ、私も…」と2人も少年に続いて手伝ってくれるようだ。


 「ありがとう、みんな。えっと…名前は…ある?」


 「おれはロイエ。よろしく。」

 「わたしはヒテン!」

 「わ、私はメディカだよ。」


 「ロイエ、ヒテン、メディカ、よろしく!聞いといて悪いんだけど、僕は…その…名前がないんだ。だから、好きに呼んでくれたらいいよ。」


 僕には名前が無い。奴隷の親が産んだ僕は、当然産まれた時から奴隷で、逃げ出してあの町に来たのだ。言葉と文字は見て、盗んで、考えて、あの町で覚えた。自分の腕に刻まれた数字が、産まれた日だと分かって、年齢も知ることができた。ただどうしても、名前だけは分からなかった。元々と無かったのかも知れないし、一人で逃げてからも生きるのに必要なかったので、今も名無しのままだ。


 「じゃあさ、こういうのはどうかな。」

  

 耳の長いロイエが口を開いた。


 「おれの生まれた国では、名前に故郷の地名を入れるんだよ。だから君も、故郷の地名を名前にしよう!」


 故郷…。故郷は分からない。でも、逃げて辿り着いたあの町の名前は分かる。あの町は…


 「ハーメルン。ハーメルンっていう町に住んでた。」

 

 「いいね!ハーメルン。じゃあよろしくね、ハーメルン!」


 今日から、僕はハーメルンという名前になった。

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ハーメルンの探索記 仮丘 @tokiakito

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