ハーメルンの探索記

仮丘

第1話



1284年6月26日


 気が付くと列に並んでいた。真っ赤な夕焼け空に黒い絵の具を混ぜたような、そんな雲一つ無い空が頭上に広がっている。前を見ても、後ろを見ても、子どもが立っている。見たことの無い子ども達と列をつくっているのだ。みんなパジャマを着て、眠そうにフラフラとその場で揺れている。左右にも、その奥にも列があり同じように子どもだけの列。少し違うのは他の列の子ども達は着ている服が変だったり、見たことのない肌の色をしているように見える。中には動物のように、毛がビッシリと生えた子どももいた。


 どのくらい時間が経ったのか、全ての列が一斉に動き出した。周りの子ども達を眺めていた僕も、同じように前の子について行く。僕も誰も文句を言わず黙ってついて行く。“なぜ並んでいるのか”、“なぜ喋れないのか”、“ここはどこなのか”、疑問や不安が頭の中で生まれるが、不思議と誰とも喋れる気になれず、ふわふわとした状態で少し気持ちが良いので、疑問も不安もどうでもよくなってくる。足は自然と前の子どもを追いかけて、黒ずんだ赤い空の下を一定のリズムで進んで行く。


 パンッ!と音がした。耳元で手を叩かれたような、遠くでムチを鳴らされたような、曖昧な音が僕の意識を鮮明にする。

 

 「やぁ僕、こんにちは。」

 

 おかしな人だ。ひと目見てそう思った。黄色く丸い靴は地面から少し浮いているし、赤い尻尾のようなものがクネクネと揺れている。色とりどりの丸い服からは腕が4本、間違いなく4本生えていて、笛、ムチ、氷菓子、頭骨をそれぞれ持っており、先ほど僕に話しかけた口には黒い歯がギラギラと光っている。

 

 「ねぇ僕、喋れないね。指をさしてご覧。どれが欲しい?」

 

 どれが欲しい、というのは4本の手に持った物のことだろうか。笛、ムチ、氷菓子、頭骨。欲しい物がない。氷菓子は好きだが、目の前にいるおかしな人から貰うのはとても躊躇ってしまう。血の付いたムチや人の頭骨は選ぶ気にはなれない。笛は見た目に変な所は無いが、不思議なことに、音色を想像すると頭の奥が痛くなってくる。とても恐ろしい体験を思い出す時のようだ。

 

 「おや、僕、どれも欲しくなさそうだね?笛はともかく、他の3つも好きじゃないの?どうしたものかなあ。ひとつだけ与えてもいいことに、なってるんだよねえ。どうしたものかなあ。どうしたものかなあ。人数分しか持ってきてないし・・・。そうだ!私の日記はどうかな!」


  おかしな人はそう言うと、4本腕を全て、色とりどりの丸い服の中に収めてしまった。服の中でゴソゴソと何かを探していると思ったら、緑色のトンガリ帽子の中から本を持った手が出てきた。

 

 「ほら僕!これはどうかな!?あそこで役に立つかは分からないけど、何も持って行かないよりはマシだよね!どうかな?」

 

 その本は普通の羊皮紙のものとは違い、とても綺麗に角張っており、真っ黒な表紙に金色で何か書いてある。欲しいと思った。これは僕の物にしたいと。その気持ちに気がついたのか、おかしな人はニヤリと口角を吊り上げた。

 

 「僕、決まりだね。周りを見てご覧。一緒に降りる子どもたちだよ。」

 

 周り?降りる?疑問を横に周りを見渡すと、あれだけ並んでいた子ども達がいなくなっている。近くに1人、遠くの方に2人、紅く照らされながら同じようにキョロキョロとしている3人しかいない。

 

 「じゃあ僕、悪いけど頑張ってね。」


 笛の音が聞こえて視界が歪んだ。

 ああ、この音だ。

 故郷の村で聞いた笛。

 頭の奥が痛くなる音だ。

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