5. 私をディナーに連れてって

 ステップを上がるサーシャに追いついたダニエルとティアナは、船の甲板の上で係員の検札を受けた。やはり不思議なことに、係員は保護者のいないサーシャに対して、まるで常連であるかのように、ほんの簡単な問答だけで入り口を通した。

 それに対してダニエルとティアナの二人はと言えば、しばらくチケットと顔を交互に確認され、旅の目的をこまごまと申請させられてから、ようやく部屋番号の書かれたルームキーを渡してもらうことが出来た。本来乗る船ではなかったから自分たちは時間をかけて調べられたのだろう、とダニエルは自分を納得させたが、そうであればやはり、サーシャに対する係員の対応にはますますの不信を誘われてしまう。

 ポーチを抱えて廊下を自分の部屋へと向かうサーシャの背中に、ダニエルが声をかけた。


「サーシャ。僕たち、五〇二号室にいるからさ。何かあったら声をかけてね」


 サーシャはちらりと振り向くと、つんとそっぽを向いて歩き去って行った。ダニエルは肩をすくめると、自分たちの部屋のドアを開けてティアナに通路をゆずる。ティアナは部屋に足を踏み入れると、感嘆の声を上げた。


「見てください、ダニエル様。船の客室なので狭いお部屋を想像していたのですが、かなり広々としていますね。私どうしましょう、自分の家が狭くて恥ずかしくなってしまいます」


 ティアナの後ろから部屋を覗いたダニエルも、へえ、と思わず声を漏らした。奥の一面はそのまま船壁なので窓こそないが、白で統一された室内は明るく、シングルベッドが二台とその間に丸テーブルまで入るほどの余裕のある空間が確保されている。

 きょろきょろと部屋を見回しながら感動している二人の間に、ポケットから出たブラウが割って入った。


「おいダニエル、ちょっと待ってよ。僕たちと君が同じ部屋ってのはどういうことだい?」


 ぎくりと動きを止めたダニエルと、きょとんとするティアナ。


「ブラウ、ぜいたくを言っては駄目じゃない。船っていろいろなものを運ばなけばならないんだから、相部屋くらいは当たり前のことじゃないの? まして私たちは、ダニエル様に同行させていただいている立場なんだから」


「そ、そうだよブラウ。公務だからということで、せっかく父さんが奮発してくれて一等客室のチケットをくれたんだからさ。何も、問題は、ないはず」


 ちらちらとティアナを見るダニエルに、ブラウは薄青色の目で冷たい視線を送る。


「へえ、まあいいや。それじゃあ、僕とティアナでベッドを一つずつ使わせてもらうとしようかな」


 すました顔で言うブラウに、ダニエルは驚いて問い返した。


「え、それじゃあ僕はどこで寝るのさ」


「床があるだろ。結構揺れるから、ゆりかごみたいに気持ちよく眠れるかも知れないよ」


「……なんかさ。僕たちってもう少し仲良くできないかな」


 そんな二人の会話を、ティアナはよくわからないまま、ベッドの端に腰掛けてにこにこと聞いていた。



 夕刻の祈りを捧げているティアナの耳に、ドアをノックする音が響いた。立ち上がりかけたティアナを、いいよ僕が出るから、と手で軽く制したダニエルは、客室の扉を小さく開く。外には、ドレス姿のサーシャが視線をそらしながら立っていた。


「あれ、どうしたの。何か用?」


「ダニエルが忘れているようだったから、わざわざ来てあげたわよ。こんなことめったにないんだから、感謝くらいしてよね」


「忘れるって、何をさ」


「ダニエル、私はお腹がすいているわ」


「はい……?」


 サーシャはきっとダニエルをにらむと、顔を赤くしてわめいた。


「もうあなた、従者失格! もうすぐ夕食の時間だから、ディナー会場まで私をエスコートしなさいって言ってるのよ!」


 うわ、めんどくさ、と思いながらダニエルがつぶやく。


「一人で行くのが怖いから連れて行って、って素直に言えばいいのに……」


「怖いですって!? 数千人の臣民の前で、何度も公務としてスピーチをしてきたこの私に向かって!」


「はいはい、わかったよ。でもエスコートするっていうなら、僕はティアナを……」


「ダニエル様、お気遣いなく。私にはブラウがいますから」


 ティアナは相変わらず明るく笑っている。でも何だか少し声に険があるような、とダニエルはかすかな不安を覚えたが、気のせいだろうとその考えを頭から振り払った。

 そしてサーシャもまた、ティアナの言葉に反応して問い返す。


「ティアナ、ブラウというのはどなた?」


 ティアナのポケットから、ブラウが例によって頭だけを出して答える。


「それは僕のことさ。初めましてだね、サーシャ」


 目を丸くしたサーシャが、ブラウに顔を近づける。


「まあ。あなた、蜥蜴の姿をしているのですね? ティアナの……知り合い?」


 ティアナはにっこりと微笑みながらうなずいた。


「紹介が遅くなりましたね、今は私の聖獣として一緒に暮らしています。でもサーシャ様、ブラウにあまり驚きませんね?」


「ま、まあ。公国の王室ともなれば様々な伝説にも事欠きませんから、私にもそれなりの知識はあります。今後ともよしなに、ブラウ殿」


「うん。よろしく頼むね、公女さん」


 あいまいな説明と、サーシャがブラウに殿との敬称をつけたことに疑問を感じながらも、ダニエルはとりあえず話を先に進めることにした。


「それじゃあ、みんなで食事に行こうか。着替えるから、ちょっと待っていて」

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