結論が固定化された会議ほど無意味なものはない

シモン中央学院の会議室は騒々しかった。


議題はもちろん高等部の特別補修教室の教師、そして私の先輩でもある橘 立花についてです。

クビにするべきだという意見がほとんどなので議論とは言い難いでしょうけど、大人というのは体裁を整えて飾り立てるのが大好きなんだと心の中で思う。


「あのような教師をこの学園にいさせられるか!即刻クビにするべきです学園長!」


「えぇ、しかし学院の教員が不足しているのはご存知でしょう?」


当然として、シモン中央学院は名門校である。

であるならば教員もそれ相応の人間が必要なので、人員不足は必然と言える。


「しかし生徒相手あのような蛮行を行う者がこの学園で教鞭を執るなど到底ゆるされない、それは変えようのない事実だ」


「ではもしも仮に退職させた場合、特別補修教室の空きはどうするつもりですか?」


私がそういった瞬間、会議室が静寂に満ちる。


⋯⋯面倒くさくなってきました。

もういっそのこと先輩に丸投げしましょうかね?先輩なら対戦相手の情報さえ知っていれば負けることはないでしょうし。


「ですが学園長、あのような魔術の才能がない者が教鞭をとるのはいかがなものかと」


「つまり橘先生は実力不足だと?」


私はため息を一つ吐いてから、先輩について詳しく話すことにした。


敬愛する先輩の過去であり、彼の人生において重要な出来事を。

卒業後どうしてしばらく会えなかったのか、その原因であろう理由を。

そして、を。


「⋯⋯彼は五年前に起きたの生き残りです」


その発言が部屋に響いて、その場にいる全員がその言葉を理解した瞬間、全員が困惑した。


「あ、いや、ええと、何かの冗談ですよね?」


「⋯⋯いやはや、あはは!学園長は冗談がお上手ですねぇ!」


「えぇ!全く持ってその通り!」


深雪と黒杖戦争。

5年前に起きたロマノフ帝国とアルビオン王国との戦争。

半年という短い期間でありながら、公式の記録上で兵士の五割が死亡したとされている地獄よりも地獄的な戦争。

血で血を争うどころではなく、水の代わりに同僚の血を啜り、肉の代わりに敵兵の体を食むこの世の終わり。

先代のロマノフ帝国の皇帝が暗殺により死亡しなければ、さらに泥沼の戦争だったであろう争い。


先輩はそんな戦争の生き残りだ。


「⋯⋯はて、冗談を言ったつもりはありませんが?」


再度、会議室に静寂が満ちる。


そして低く、嗄れた声で、三回目となる静寂を打ち破ったのは、ヒゲを蓄えた老人だった。


「――――学園長がそこまで言うのならば、仕方ありますまい」


「ジャイルズ先生⋯⋯」


「では私はこれにて、他の教師陣は会議を続けたければ自由にしろ」


彼はそう言って部屋を後にした。

それに続くように一部の教師も出ていく、取り巻きとも言える人たちが。


「では会議はこれにてお開きにします、よろしいですね?」


そう言って、半強制的に会議を切り上げる。

これ以上続けても不毛なやり取りしかしないだろうし、他に色々とやるべきことがあるから。

学園長という重鎮は、仕事が多いのです。


――――――――――――――――――――


「――――――ということがありました、先輩」


「⋯⋯マジかよ、僕めっちゃ嫌われてるじゃん」


学園長室のソファに座りながら紅茶を片手にした立花先輩が呆然とそう呟く。

まぁあれほどのことをしたのですから反感を買うのは仕方がないとは思います。


だが彼はそのことを微塵も気にすることなく、けろっとした表情で話を切り替えた。


「まぁそれはいいんだけどさ」


「いいんですか先輩」


「いいんだよ後輩、個人の感情や評価で揺さぶられるほど僕はやわじゃない」


「まぁ、それはそうですね」


「それで本題なんだけど、聞きたいことがあってさ」


その言葉を聞いて私は少し心が踊った。

あの先輩が私を頼ることなど滅多になく、私に尋ねることなど殆ど無い。

脳内では小躍りするほどにテンションが上っていましたが、どうにかして平常を装います。


「僕のクラスにはカズローチャ・マカラジャっていう生徒がいるだろう?その生徒の詳細な情報を知りたいんだけどさ」


「はぁ、それはどうして?」


「⋯⋯最初殺し合った時さ、全員一撃で殺すつもりだったんだけど、


「⋯⋯なるほど、それは不思議ですね」


それが少し気になってね、と彼は付け加えてからソファにもたれかかった。


立花先輩には戦闘時の癖のようなものがあります。

それはというもので、即ち一撃で殺すことができるギリギリで攻撃する、逆にそれで殺せなかったら相手が何かをしたということになる、という判断をしているらしい。


しかし今回のはケースはある程度想像がつく。


「では先輩、行きますよ」


私はすぐ近くの部屋、学園長室の隣に併設された書庫への通路に先輩を連れて入る。

少し埃っぽく数々の書類が積み重なったその部屋をずんずんと進んで行き、生徒たちの個人情報が集まった本棚に手を伸ばす。


「こちらを、入学時に行ったカズローチャ・マカラジャの身体検査の内容です」


「ふーむ、実に健康的なヴァラヌストカゲ、強いて言うなら筋肉がついている分身長と体重が多めかな?実家が鍛冶屋ってのもあるだろうけど」


「そしてこちらが――――――」


――――――特別補修教室に入った理由です。


「⋯⋯⋯⋯すごいな、この学園ってそこまで記録してるの?」


「まぁ、ここまでこまめな記録自体は最近ですよ、120年くらい前らしいですし」


「おっと長命種感覚で話さないでくれ、120年もあれば僕の祖国である大八洲じゃ世代が変わるぞ後輩」


「それは失礼しました先輩」


そう言ってから先輩には書類を渡し、彼はじっと書類の文字を追いかける

私はその横顔を見ながらただ待っていた。

ぼうっとしながら、先輩の横顔を見ながらずっと見ていた。

穴が空くほどまでではないが、美術館に飾られた絵画を見つめるように。

先輩自身も読むのに集中しているのか、私がじっと見つめていることに対するリアクションはない。

好都合というべきか、なんというべきか。


そうしてしばらくしてから、納得したかのように頷いた。


「⋯⋯あぁ、なるほど。どうりで僕が一撃で殺せなかったわけだ」


――――――――――――――――――――

あとがき

セフィラと立花が仲良くなった時期は高等部ではなく大学部からです。

セフィラは高等部からいましたが、立花が大学部で入学したので。

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