起立、構え、開始

運動場で橘先生に蹂躙、もとい殺された俺たちは自分たちのクラスに戻るように命令された。

殆どの生徒は一切抵抗できずに殺されたことに思うところがあるのか、もしくはあの蛮行にドン引きしたのか、それともどちらもなのか、どっちせよ浮かない顔をしていた。


「クソが⋯⋯あの講師⋯⋯」


クラスメイト、そして俺の数少ない友達のカズローチャがつぶやくように恨み言を話す。


そこで俺はふと考えた。

先生が僕達のような落ちこぼれの講師になった理由を。


「というかそもそも、なんで橘先生は俺達の講師になったんだろうね?」


「あ?そりゃあれだろヴィグローズ、貧乏くじを引かされたとか、もしくは弱い者いじめしたいとかだろ?」


むしろそれ以外に考えられね―よ、と言って天井を見上げ投げやりな答えを出す。

彼はその怪我の多い顔で諦めたように呟いた。

それを否定する答えを出そうとしたが、すぐには思いつかなかったので俺は口を開くことはなかった。


「でもどうかしら、案外別の理由かもしれないわ」


そう反論したのはこのクラスのまとめ役であるファーヴニルドラゴンのアリソン・カルクニットだった。

このクラス唯一の貴族であり、無二たる常識人と言っても良い。

如何せん、俺は彼女のように人を纏め上げるような真似はできないので敬意や尊敬の類の感情は向けている。

⋯⋯だがまぁ、彼女のような人間にも欠点はある。

欠点というよりも難点というべきか。


「あ?別の理由ってなんだよアリソン、もしかしてあいつが無償で人を助けるような人間に見えるか?逆だろあれは、むしろ弱者を騙すような詐欺師だ」


「外面だけで内面を想像し断言するのは愚かしいことよ、カズローチャ」


「人は見た目が9割って言うだろ」


「それじゃあ貴方も悪人か詐欺師って思われるわね」


「は?どういう意味だ?」


「そのままの意味よ、もしかして理解できないのかしら?よく出来た頭ね」


⋯⋯異常なまでに沸点が低いこと、それが彼女の欠点である。

皮肉と毒舌を彼女に任せれば右に出るものはいないほどに、舌を巻くほどに舌先三寸だが、その性格では不和を生むこともある。

現に今も悪役令嬢と色黒ヤンキーによる殴り合いの喧嘩という、中々見ることができない、他者から見れば喜劇的とも言える景色が作られようとしている。


俺はそれを止めるために席を立とうとするが、それよりも遥かに速く動いた人物がいた。


唐突に俺の頭上を黒い影が駆け抜ける。

否、駆けるのではなく飛び抜けるように過ぎ去る。

キーオンだというのに、その姿はさながら御伽噺に出てくる空を飛ぶエアロのようであった。


「お二方、どうか拳を下ろしてくだされ」


「⋯⋯篠月しのづきさん」


秋津あきつ⋯⋯!」


刀を持った男子生徒篠月 秋津しのづき あきつは、一瞬にして二人の間に入り込んだ。

大八洲生まれの武器である刀一本で二人を制圧する妙技、流石このクラスで身体能力が一番高い彼だ。他のクラスメイトには真似できない技である。

その卓越した技術に、傍観していた俺も、喧嘩していた二人も目を丸くした。


なにしろ黒板の前の方の席で勃発しようとしていた喧嘩だというのに、一息だけで一足飛びをゆうに超える速度で、一足の跳躍だけで教室を縦断したのである。


「⋯⋯ごめんなさい」


「⋯⋯ちっ」


喧嘩している二人は顔を見ることなく席に戻り、喧嘩を止めてくれた秋津に感謝を伝えてから俺も席に戻る。

そうして少しばかりの静寂で時間が経過した後、教室の扉が開かれた。

入ってきたのは見覚えのある顔、つい先程出会った人物であった。


「⋯⋯はい、座ってるようで何より」


橘 立花先生が教室に入ってきたのである。

これには俺達もびっくり、なにしろ橘先生は実戦だけの講師のはずだからだ。

二連続で同じ授業であるならばまだ理解できるが、如何せん二限目は魔術基礎の授業なのだ。

なによりも不思議なのは先生自身の表情である、苦虫を噛み潰し飲み込んだような表情でげんなりとした顔なのだ。

そんな彼の顔を見れば暴言を吐こうとしても吐けない、それほどまで沈痛な面持ちだ。


そんな先生を真っ先に心配したのはアリソンだった。不安げな声色で先生に質問する。


「あの⋯⋯先生、なぜ橘先生がこちらに来たんです?」


「⋯⋯このクラスの教員になったからだよ」


「でも先生はあくまでも実戦だけの講師のはずですよね?このクラスの教員ではなかったはずでは?」


「⋯⋯⋯このクラスの教員が夜逃げしたって言ったら信じる?そしてその穴埋めに僕がされたって言ったら信じるかい?」


「⋯⋯⋯まぁ、はい」


⋯⋯⋯なるほど、先程の蹂躙で破天荒な性格かと思ったが、どうやら先生も苦労しているらしい。もしかしたら先程の蹂躙の罰として俺達のような落ちこぼれの生徒の教員にさせられたのかもしれない。

案外その選択は妙案な可能性もある、割れ蓋に綴じ蓋という言葉もあるのだから。


「とまぁ、そういうわけで実戦講師から転じて特別補修教室の教員になった。どうぞよろしく」


そう言って死にそうな顔で先生は小さくお辞儀をした。

そして顔を上げて、出席すら取らずに淡々と話し始める。


「さて授業の前にはっきり言おう。既に自覚しているだろうけれど君達は落ちこぼれだ、この現状はどう足掻こうが変えようのない現実だ。しかし君達に向上心というものがあるのならば僕はそれらすべてを肯定し協力すると約束しよう」


僕の持ちうるすべての知識を教える。

成り行きの仕事とはいえ教員になってしまったんだから仕方ない、どうせやるなら自分勝手に楽しませてもらおうか。

彼は諦めたように笑いながら話す。


「だがこのままだと分かりにくいので言い換えよう、


もしくは、鹿


その発言を聞いた俺は、彼がなぜこのクラスの教員になってしまったのか理解した

それは実に単純な答えだった。


「だって、?」


先生は俺達が必死に目をそらしていた現実を直視させた。

この学園で落ちこぼれがゆえに水をかけられたということを。

はぐれものであるがゆえに恫喝されていたということを。

不良生徒であるがゆえに教科書を捨てられているということを。

見返してやろうと、手を差し伸べるようにして俺達を焚き付けた。


「どんな手段を使っても良い、どんな方法を使っても良い、卑怯?姑息?汚い?暗殺?扇動?上等じゃないか全く持って素晴らしい」


どれだけ道徳で綺麗に飾り立てようとしても所詮それは命の奪い合いなんだ、最後に生き残っているのが一番正しいんだよ。


「では君達に一つテストを与える、期間はないから安心するように、そしていつでも取り組んで良い、それに内容も単純明快だ」


、以上。


「さてこれより授業を始める。起立」


そう言われたので俺達は武器を持って席を立つ。

先生はその光景に少し驚いたような顔をして、そして楽しそうに口角を上げた。


「構え――――――」


その発言で、生徒全員が臨戦態勢に変わる。

ある者は刀剣を

ある者は魔術を

ある者は銃器を

ある者は両拳を


「――――――開始」


――――――そして俺達の総攻撃は、いともたやすく避けられた。

――――――――――――――――――――

あとがき

多分これで序章は終わりです(希望的観測)

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