先手必勝ではなく先手必殺

「⋯⋯集まっていない生徒がいるが、まぁいいだろう」


シモン中央学院には大規模な総合運動場がある。

一般的には魔術の試験場だったりするのだが、場合によっては生徒同士の諍いに扱われたり、定期試験等の会場として扱われる。


「さて、これより模擬戦闘を行う。得意な武器も魔術も好きなように使ってくれ」


僕は武器を持って集まった生徒たちに向き合う。

刀を持ったキーオン、その身一つだけで来たメフィスト悪魔、クロスボウとナイフも両手に持つタラッサ海洋生物の姉妹、盾とロングソードを持ったアントラ鹿、ツヴァイヘンダーを持ったヴァラヌストカゲ


多種多様とも言える気だるげな生徒達、この状況で模擬戦を始めてもいささか望む結果を得られないだろう。


「だがまぁ初回だからな、使


――――――遠回しに「お前らみたいな雑魚相手には魔術すら必要ない」と伝える。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


どうやらその意図が理解できたのか、生徒たちは今にも襲いかかってきそうな獣のような表情に変わった。


「まぁ安心しろ、大きな怪我はない。色々とあるからな」


僕がこの総合運動場に生徒を集めて殺し合い始めた理由はがあるということ。

これにより手加減の調整を間違えて死亡するということがない。あくまでも総合運動場の中だけだが非常に便利だ。地元にもあればいいなと切実に思う。


だが致死的なダメージを移すだけだから痛覚はあるし気絶もする。

痛みによる精神的ダメージは魔術で緩和可能だが、如何せん使い手が少ない。


ならば、全員一撃で殺せば良い。

死の恐怖を感じることなく、命の危機を感じることなく。

手加減なんて以ての外、全員を一撃必殺だ。


それにやるべきことがもう一つ、セフィラから頼まれている仕事がある。その仕事を遂行するにはここがぴったりだ。

この総合運動場には沢山の観衆が座れる席があり、そして数々の視線が僕と生徒に突き刺さっている。まるで見世物だがそれならばそれで良い。


僕がセフィラに頼まれた仕事は二つ。

まず特別補修教室の講師として仕事。

そして学院に蔓延している精神病と言っても良い疾患、


「構えるが良い生徒諸君、一限目は死ぬことを覚える時間だ」


――――――――――――――――――――


盾とロングソードを持ったアントラー鹿、ヴィグローズ・レッドモンズこと俺は困惑していた。

いきなり新しい講師が来ると言われ、唐突に武器を持って総合運動場に集められ、そして殺し合いが始まろうとしている。


言葉にしても意味がわからない、そしてこの状況に放り込まれている俺はもっと意味がわからない。


「どうした?来ないのならばこちらから行くぞ?」


挑発的な笑みを浮かべる橘先生。

その先生を攻撃しようと真っ先に動いたのはツヴァイヘンダーを持ったヴァラヌストカゲ、俺のクラスメイトであるカズローチャ・マカラジャが不満げな顔で近寄った。


「おいクソ講師ぃ?てめぇ魔術使わないとかふざけてんのかぁ?」


じゃりじゃりと、運動場の床と学生靴が擦れる音がする。


「いやいやまさか、戦場を知らない馬鹿を啓蒙してやろうってだけだよ。仕事だからね」


カツンカツンと、機能性が重視された運動靴の音が響く。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


そして、カズローチャが持っているツヴァイヘンダーの間合いに入った瞬間――――――




――――――カズローチャがうずくまった。


「ぐっ⋯⋯⋯がっ⋯⋯⋯」


よく見るとカズローチャは腹を抑えて苦痛の声を上げている、というよりも漏らしているという方が適切だ。

何をされたかわからなかったが推測するならば、一瞬で間合いを詰めたと思う。

一歩だけで、身の丈を超えるツヴァイヘンダーの間合いの内側に入ったのだろう。


「が⋯⋯⋯ぐぅ⋯⋯⋯ぁ⋯⋯⋯」


カズローチャは辛そうで苦しそうな声を漏らす。


だがその苦しげな表情もすぐに終わりを告げた。

カランカランと地面に転がって己はここにいるぞという意思表示をするツヴァイヘンダーを橘先生は持ち上げて、


苦痛に悶えているカズローチャは回避はもちろん、反応すらできずに首を跳ね飛ばされた。


「――――――!」


「――――――!?」


場外の座席に座った普段は嫌味しか言わない教師達が慌てふためく。

当然だ。落ちこぼれとはいえいきなり生徒の首が切られたのだから。

保守的で利己的なあいつらからすれば、一秒でも速くこの試合という名の処刑を止めたいだろう。


「中止だ中止!即刻この試合を中止しろ!」


「無駄だよ教師の皆々様、試合は神聖不可侵なものだからな。止めようするのは規則違反だろう?」


「⋯⋯⋯⋯⋯」


「まぁつまりこの状況は僕が殺されるか、それとも特別補修教室の全員が殺されるかの二択ってわけだ」


お分かりかね?、といって橘先生は立派なヒゲを蓄えた老獪な雰囲気の老人を睨むように笑った。


そこからはもう圧倒的だった。


顔を殴る。

腹を蹴る。

骨をへし折る。

首をねじ切る。

矢を受け流す。

魔術を剣で弾く。

武器を投げる。


かろうじて僕は一回だけ、たまたま持っていた盾で攻撃を防げたがすぐに剣を捨てて徒手空拳で首をねじ切られた。


まるで殺戮マシーンを相手しているかのような気分だった。


なんだあれは、化け物か?

軍事兵器や人の形をした化け物と言われたほうがまだ分かる、それほどまでに効率を求めた殺戮だった。


しかし何よりも驚いた、恐ろしいとさえ思ってしまったのはその後のことだった。


さながら宴会芸のような殺戮劇を終えて、何事もなく俺達の体がもとに戻る。

斬られた首も、ねじ切られた首も、首に刺さった矢も、すべてが元通りになる。

俺達が地面で呆然としているなか、楽しそうに笑っている橘先生はこう言った。


「まぁそう落ち込むな、


――――――――――――――――――――

あとがき

総合運動場の『死亡を無かったことにする機構』を使用するには、前提として肩代わりする人物の血液が必須です。

血液内にある魔力を通じて個人を特定し、特定した人物の死亡だけを、特定のエリア内限定で肩代わりする、といった感じです。

なお作ったのは歴代の学園長だったりします。

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