特別補修教室の問題講師

久慈氏

これより殺し合いの授業を始めます

シモン中央学院にて、一人の男が講師の職に付いた。

陰鬱な片目にロングコート、左肩に背負ったに何が入っているのかわからない大きめのアンティークトランク。

見るからに不審者であり胡散臭い、講師という人に教えるような姿をした人間ではない。

むしろ人を騙したりする詐欺師など人を人とも思わない犯罪者といった、十人中八人が裏社会の人間と見間違うであろう風体である。残り二人は裏社会の人間である。


「どうも皆さんこんにちは、本日よりこのクラスの講師になったパック橘 立花たちばな りつかです、どうぞよしなに」


彼は淡々と自己紹介をするが、この場にいる生徒は誰も耳を傾けていない。

ある生徒は隣の席に座った友達と談笑し、ある生徒は窓の景色を瞬きすらしないで見ており、ある生徒は机に突っ伏している。

そんな不良生徒だらけしかいない教室では、だれも新任講師の話なんて聞きやしないのだ。


だがそれはこのあと彼の口から冗談としか思えない発言が放たれるまでのお話である。

個性豊かな十人十色の生徒たちが、奇しくも今この時だけ同じ考えになった日だ。

喜ばしいことである。


「それじゃあこのあとは運動場に集合して欲しいんだけど」






―――まずは



――――――――――――――――――――


先程の光景より数日前のことである。

連合王国の喫茶店にて、二人の男女が待ち合わせをしていた。

先に到着して待っていたのは長い耳をした女性だった、彼女は机の上においた新聞を黙読しながらある人を待っていた。


「⋯⋯ふぅ」


湯気の立っていない、冷めたであろう紅茶を飲んで一息つく。

その所作はまるで貴族の如く。

さながらの芸術の如く。

さしずめ女神の如く。

薄緑色をした長髪は温かい太陽光を反射させており、ここに画家がいるのなら直ぐにでも筆を取るだろう。


彼女の名前はセフィラ・ファルノーラ、学生時代の後輩である。

そんな彼女が座っている席に僕は近づいて、席に座りながら挨拶代わりに謝罪をする。


「ごめん、電車が遅延して遅れた」


「大丈夫です、先程来たところですし時間ぴったりですから、立花先輩」


そう言われて腕時計を見ると確かに時間ぴったりだった。どうやら電車の遅延した時間分、走って誤魔化すことができたらしい。


「お気遣いどうも、それにしては紅茶が減ってるみたいだけど」


「⋯⋯一時間前に来ました」


心配性というべきか、それとも慎重というべきか。

少なくとも彼女のその性格は、このような待ち合わせには悪影響を及ぼす性格ではない、むしろ称賛すべき美点ですらあるだろう。


机の上に置かれたコーヒーに顔を近づける。コーヒー豆本来の香しい匂いが鼻を通り抜けて心地が良い。

匂いから高級品だとわかるそのコーヒーを一口飲んでから僕は後輩に質問をする。


「数年ぶりかな?シモン学院の学園長になったとは聞いてたけど、まさか本当だとは思わなかったよ。歴代の中じゃ最年少じゃないの?」


「若輩者ながら頑張らせてもらっています、仕事は大変ですけれども見込みがある生徒がいるとそれはもう楽しくて楽しくて」


「そりゃ何より、母校が繁栄するってのは誇らしいものだね」


「先輩はどうしてたんですか?卒業後は音信不通でしたが、何かあったので?」


「そりゃまぁ単純に色々な国にいたからね。便利屋としても働いてたし」


「へぇ、どんな仕事をしてたんですか?」


僕がそう言うと少し楽しそうに上ずった声で、子どものように好奇心旺盛な視線をこちらに向けながら質問してくる。

僕はその姿に何処か懐かしさを覚えながら返答をする。


「別によくある仕事だよ、要人護衛とか傭兵とか」


特に聞いても面白みのない話だとは思うが、それでも聞きたいというのならば仕方ない。特に渋るような中身でもないしな。

僕の日常を語ることで後輩が楽しんでくれるならば、喜んで語ろう。


――――――――――――――――――――


「それでセフィラ、一体僕をなんの用事で呼んだの?」


「あぁ、それを忘れていました」


そう言うと、彼女は横に置いていたカバンから書類を取り出す。

いかにも高そうなペンと綺麗な文字で書かれたその紙を、僕に差し出した。


「―――立花先輩、教師になりませんか?」


そう言ったセフィラの瞳は誠実で、それでいて情熱的な真摯な視線だった。

年功序列ではない敬意や長年付き合いに寄る信頼。

それに対して僕はこう言うことにした。






「―――――帰るわ!僕!」






「いやだぁぁぁぁあ!待って下さいぃぃぃぃいい!」


「絶対に断る!どう考えてもそれは面倒事だろう!?」


どうしてそんな頼み事が僕に舞い込むんだ、嫌だ、絶対に嫌だ、おえらいさんの面倒事に巻き込まれるのだけは嫌だ、僕は根無し草のままでフラフラ生きていくほうが性に合っているんだ。

何が悲しくて教師という聖職にならなきゃいけないんだ、こんなやつに子供を任せる親の身にもなってみろと僕は言いたい。


「というか嫁入り前の美人が成人男性の腰にくっつくな!勘違いされるだろうが!」


「じゃあ襲えば引き受けてくれますか?!」


「そういうことじゃない!断じてそういうことじゃない!」


片や擦り切れたコートを着た胡散臭い男、片や男の腰に縋り付く見た目麗しい女性。

どう考えてもどう見ても修羅場である、通行人がいないことが唯一の幸運であった。

セフィラは先程までの触れれば消えてしまいそうなキャラが完全に崩壊している。いや、どちらかと言えばこちらの方が素の性格なのだけれど。


この立場学園長だと色々と動きづらいんですよぉぉぉ⋯⋯」


「なら僕以外にも適切な人材はいるだろう!?こんなぽっと出の何でも屋が面接もなしに学院の講師として入れる訳が無い!」


「そこら辺は私の権力を使うので大丈夫です!だから本当にお願いします!」


「サラッととんでもないことをするんじゃない!そんなもので入ったとしても他教師からの視線が痛いわ!」


「書類と試験を偽造するので安心して下さい!」


「それの!どこが!安心できる!?」


――――――――――――――――――――


「ぜぇ⋯⋯ぜぇ⋯⋯理由はあるんだろうな、後輩」


「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯さっきのは冗談として、ありますとも先輩」


両者、肩で息をしながら知性を取り戻す。

子どものような駄々ではなく、大人らしい理性ある会話をしよう。

良い子のみんなはこのような大人にならないように。


「⋯⋯端的に言えば講師の不足です、特に実戦を教える人がいません」


「なんでそんな状況に⋯⋯あぁ、少し前のロマノフ帝国とのでかなりの人間がなくなったからか⋯⋯五年くらい前だっけ?」


「えぇ、魔術師は一種の戦略兵器としての側面もありますから、実戦を教えられる講師や優秀な生徒の大半が軍人として駆り出されました。学生だった先輩も出ましたね」


「セフィラはどうなんだっけ?」


「私は適性検査に落ちたのでダメでした、それに魔術学会が根回ししてたそうなので」


「魔術学会的にはセフィラほどの才能が亡くなる可能性は潰しておきたかったんだろうね」


まぁそれを抜いても身体能力とかの側面で適性検査で落とされそうだが。セフィラの種族的に魔術の適性は高いが身体能力が低いから仕方ない。


「まぁ幸いにも半年ほど経った頃にロマノフ帝国の先代皇帝が死亡した上に、後継者争いで内乱が起きましたね。そのおかげで戦争が終わったのは嬉しいんですけども」


「まぁそのうちまた来そうだけどねぇ⋯⋯」


なにしろこの国は魔術師の宝庫だ、石を投げれば魔術師に当たると言ってもいい。

南下政策で軍事兵器がほしいあの国にとっちゃさぞ美味そうなご馳走だろう。


「それで、なんでわざわざ僕なのさ?他にも適正ある人材はいるでしょ?」


「いえ、私の交友関係の中でも生徒に教えられる実力と知識があり、尚且つ信用できる暇人は先輩くらいでした」


「仮にも先輩である僕に何という物言いをしやがるかこいつ」


まぁ、先輩だからという名目で威張り散らすようなことはしたくない、それをやるほど子供じゃない。

僕は呆れとため息交じりで、やんわりと拒否の意思を伝える。


「いや、ねぇ?セフィラ達みたいな天才に比べれたらねぇ、僕はどこにでもいるような便利屋だよ?そこまで期待されても答えられる保証はないよ?それに合格できるかどうかすら怪しいし」


「クラス講師ではなく、実戦講師として雇うつもりですので。それに担当するクラスは少し特別ですし」


「でもなぁ⋯⋯仮にも母校とはいえさ⋯⋯」


「ちなみに給料はこれくらいですが」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いや⋯⋯うん」


「ボーナスもありますが」


「やりまぁす!」


安定した生活を人質にされては、いくら僕とはいえ動かざるをえなかった。


――――――――――――――――――――

あとがき

名前:橘 立花たちばな りつか

種族:パック

別名:無名、学生時代は「手綱千切」

役職:二等級術師

備考:主人公、セフィラの先輩

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