我、麦わら帽子王になる

藤泉都理

我、麦わら帽子王になる




 お菓子は虫歯の素になるという偏見が未だに残る、我が世界。

 他の世界では、虫歯の素となる虫歯菌は糖質を栄養源として生きているがゆえに、お菓子は、全面禁止ではないものの、あまり食べてはならず、食べた後は歯磨きをせよと推奨されているらしいが。


 我が世界では違う。

 我がその理を変えたゆえに、お菓子を食べ過ぎても、お菓子を食べた後に歯磨きをしなくても、虫歯にならないのだ。

 しかしいくら広めても、命令しても、お菓子を食べてはダメだと言うのだ。


 我は竜王であるぞ。

 虫歯菌の栄養源を糖質から炎に変化させた竜王であるぞ。

 早くお菓子への偏見を捨て去るのだ。

 早くお菓子を普及させるのだ。

 ごくごく一部の暗黒街でのみ口にする禁忌の食べ物にするのではない。

 竜王の命令であるぞ。




「竜王なのに~~~。お飾り竜王だって軽んじられる~~~。ダメダメ竜王だって蔑まれている~~~」

「そりゃあ、そうでしょ。唯一使える竜王の力を使って何をしたって、虫歯菌の栄養源を糖質から炎に変化させただけなんだもん」


 はいこれお裾分け。

 水羊羹、水まんじゅう、葛餅、きんぎょく、フルーツ大福などの和菓子をつば広ハットの麦わら帽子にこれでもかと入れて抱えている少女の登場に、竜王は滂沱と涙を流した。


「麦わら帽子~」

「一度だけ竜王の力を使って成した事をリセットできるんでしょ。みんな、早く虫歯菌なんかに竜王の力を使わないで、リセットしてほしいって言ってるんでしょ」


 麦わら帽子と呼ばれた少女は、竜王に麦わら帽子ごと和菓子を手渡しながら言った。


「だってだって。我が竜王を何故目指したかって、そなたが異世界から持って来るお菓子を好きなだけ食べる為だもん。この竜の世界では、両翼と一緒に誇りにされている牙を護る為に、お菓子が全面禁止になってたんだもん」

「全面禁止じゃないんでしょ。煎餅とかクラッカーとかポテトチップスとか骨チップスとか、牙が鍛えられて、唾液の分泌率が多くなるお菓子は食べてよかったんでしょ」

「そなたが持ってきた、やわらかいお菓子が食べたかったんだもん!」

「いくら食べたかったって言っても、竜王の力を使って虫歯菌の栄養源を変えるんじゃなくて、もっと、歯磨きとか、うがいとかをすれば、お菓子を食べていいよって広めればよかったのに」

「食べたいだけ食べたかったんだもん!」

「………もう、お菓子、持って来るの、やめよっかなー」

「お菓子を持って来るの止めたら、そなたの世界を滅ぼしちゃおうっかなー。竜王の力がなくても、我の竜の力だけでも軽くそなたの世界滅ぼせちゃうぞーう」

「「………」」

「私だけが私の世界と竜王の世界を自由に行き来できたらよかったのに」

「残念でしたー」

「そんな自分本位な王様は見限られちゃうよ」

「もう見限られてる」

「竜王をもう止めたら?」

「竜王を止めたら、こうやって、我だけでも堂々とお菓子が食べられなくなっちゃうし、虫歯菌の栄養源が糖質に戻っちゃって、みんながお菓子を敬遠したままになっちゃう」

「もうさ、私の世界に住めばいいじゃない?」

「そなたの世界にか?」

「うん。人に化けられるんでしょ?私の世界ではお菓子を食べるのは全面禁止されてないから、好きなだけ食べればいいよ。うちの店を手伝ってくれたら、衣食住は保証するし。あ。お菓子好きなだけ食べて虫歯になっても自業自得だからね」

「行く。我、竜王止める」

「え?」

「何だ?今更ダメだと言ってもダメだからな」

「いや。うん。誘っておいてなんだけどさ。我はやわらかいお菓子を普及する為にこの世界に残るって言うと思ったからさ」

「少し考えたが、致し方なし。受け入れられない事もあるのだ。我はそれを受け入れよう」

「………う~ん。立派なのかそうじゃないのか微妙」

「ほれ。早く行くぞ。おい。宰相。我は竜王を退く。後継者はそなたたちの好きにせよ」

「竜王様」


 竜王に宰相と呼ばれた竜は涙ぐんだ。

 竜王を退かれるのが、悲しいわけではない。


(よかった。よかった。漸く退いてくれた。異世界の少女よ。感謝する。お菓子を食べる事にしか興味を示さなかったからな。あり得ないからな。竜王として。もう。力自慢大会で竜王を決めるのは止めよう。もっと。民意を聴くとか、討論とかで決めようそうしよう)


 宰相は両翼を大きく羽ばたかせながら、ささささっと異世界へと旅立って行った元竜王を嬉々として見送ったのであった。













「騙された」

「え?何も騙してないよ」


 元竜王が異世界に旅立って一か月後。

 元竜王は麦わら帽子と呼ぶ少女に噛みついた。


「いいや騙した!そなた、和菓子屋の娘ではなかったのか?和菓子が食べ放題ではなかったのか?」

「何度も言うけどさ。一言も和菓子屋なんて言ってないし。私の家、麦わら帽子屋だし。和菓子はよく貰うけど、うちではほとんど食べないから持って行っただけだし。いいじゃん。今も好きなだけ食べてるでしょ」

「好きなだけ食べておらん。そなたの父母に食べ過ぎはいかぬと制限されておる。騙された!滅ぼしてやる!」

「滅ぼしたらやわらかいお菓子食べられないけどね」

「ではそなたたちだけ滅ぼしてやる」

「あなたに衣食住を提供しているのは私たちだけどね」

「ふんっ。衣食住など、どこぞで奪い取れば済む話よ」

「はいはい。休憩終わり。作業再開ですよ。終わったら、五種類のフルーツが入った大福が待ってますよ。お父さんが麦わら帽子作りの筋がいいって褒めてたよ。接客もぶっきらぼうだけど、ちゃんとお客さんを見て、話を聞いて、お客さんが求める麦わら帽子を作ってるって」

「………ふ。ふん。当然の評価であるが、流れ作業が如く、褒めるでない」

「流石、元竜王。よ!その調子で、麦わら帽子王になるんだ!」

「っふ。楽勝よ」


 休憩室から作業場へと向かった元竜王を見送った少女は、ほくそ笑みながら、ちゃぶ台の上で写真を封筒に入れた。

 こちらに来てからの元竜王の写真である。

 宰相に届けるのだ。

 元竜王はこちらで健やかに暮らしていますと報告するのだ。

 天職も見つかったかもしれないと。

 もしかしたら不要かもしれないけど。


「なんだかんだ言って、可愛がっていたからなあ。宰相さん」


 宰相には叱られてばかりいたぞ可愛がられてなどおらぬ。

 元竜王はそう、噛みつくかもしれないが。


「さて。じゃあ。届けに行きますかっと」











(2024.7.11)



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我、麦わら帽子王になる 藤泉都理 @fujitori

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