第9話
透と毎日メッセージのやり取りをするようになって2週間。今日の出来事とか次会う予定とか。私を大切に思ってくれていることが無機質な画面からでも伝わってくる。とても嬉しい。
今週は新宿御苑でデートの約束をした。新宿御苑でデートしようって書いてあった。……透は付き合っていると思ってる?
きちんとした告白は、まだお互いにしていないはず。今日こそは、私から気持ちを伝えたい。ネックレスとブレスレットを着けて、玄関の姿見で確認して、気合を入れて家を出た。
「お待たせ。」
待ち合わせ場所の新宿門に行くと、既に透が待ってくれていた。勉強会後らしく、今日もスーツ。カッコいい。優しい笑顔で出迎えてくれた。どうしよう、いざとなったら緊張し過ぎて手汗が凄い。
「会いたかった。今日も可愛いよ。」
「こんな所で言わないで。」
「ごめん。次は場所を選ぶようにするよ。」
「……知らない。あ、あの。ブレスレットありがとう。可愛くて。とっても嬉しい。」
「そのネックレスと同じモチーフを探したんだ。よく似合ってる。着けてくれて嬉しいよ。」
「あ、ありがとう。」
透の嬉しそうな笑顔。ネックレスの意味を知った今は、あまりに眩しくて。自然に差し出された手。緊張で頭が真っ白になりながら、かろうじて握り返す。
自然に返せているかな?どうするのが正解だった!?これから待ち受ける重大イベントを前に、今はどんな会話をすれば良いかわからない。心の中は大パニック中だ。
新宿御苑の中はとても広い。今の時期はチューリップが見頃。目当ての花壇まで大勢の人達の流れに合わせて歩く。桜並木はたくさんの小さな花々で彩られ、チューリップ花壇も白や赤などグラデーションがかかり、賑やかに咲き誇っていた。花を見ていると、少し緊張が和らぐ。
「いっぱい咲いてるね。可愛い。」
「そうだな。チューリップは昔から好きなんだ。」
「へぇ。そうなんだね。」
チューリップを愛でた後は、近くの温室に入った。バナナが栽培されてるのを見たり、名前は忘れたけれど大きなサボテンに驚いたり。透となら何を見ても楽しい。
温室から出て少し脇道を歩くと、歩いている人が誰もいなくなる。2人で手を繋いで他愛無い話をしながら、ゆっくりと歩く。野鳥の鳴き声。草木を揺らす風と共に、墨の香りを感じた。透の香りだ。私はドキリとして唾を飲み込む。
「勉強会の後に会うの大変じゃない?」
「いや全く。」
「筆が疎かになったりしない?」
誰も通っていない道に、ポツリとベンチがあった。2人で隣り合って座る。人がいないからか、透は私に膝を向けてきた。
「書道は好きさ。これからも精進していきたい。それ以上に、俺は君と一緒にいたいんだ。」
「…それって。」
透はポケットから黒い財布を取り出し、中から一つの紙を出した。それは、赤い折り紙で折られたチューリップ。裏に平仮名で『はじめ』と元気良く名前が書かれていた。
「コレをくれたの覚えている?」
「ごめん。こういう物を作っていたのは覚えているけど、透にあげたのは思い出せない。」
「幼稚園の頃、初めての書道コンクールに出た時さ。たまたま隣同士に並んでね。君が『私が作ったの!一つあげるね。』って。その時から、宝物なんだ。」
透の言葉に記憶が蘇る。たしか、折り紙を折って名前を書き、渡すのがマイブームだった時期がある。そして、周りに配り歩いていた。
そうだ。コンクールで隣に立った子にも渡したはずだ。
「思い出したよ。『下手くそな字』って馬鹿にされて。あれから会うたびに嫌味言って。」
私にとっては良い思い出ではない。
「ごめん。反省してます。本当は嬉しかったんだ。こうしてずっと持っている程に。」
透は大切そうに財布に仕舞い、私に向き直る。私の両手に透の手が重なる。手が少し汗ばんでいるのは、私も同じ。
「この時から、気になって。コンクールの度に毎回君を探していた。いつも、俺の作品を本当に理解してくれていたのは君だけで。俺の中でどんどん特別な存在になっていった。
彗が好きなんだ。俺と付き合ってくれませんか。」
透の目に、今の私はどう映っているのだろう。いつも揶揄われ嫌味を言われ、苦手だったけど。でも、透の書く作品はいつも刺激的で、心から嫌いにはなれなかった。
先生も言っていたけれど。私達はいつから、互いに惹かれあっていたんだろう。
「私も。私もだよ。透が、好き。」
透はそっと寄り添った後、私を優しく抱き締めた。墨の香りも私を包む。私は目を閉じて、そっと彼の背中に手を回した。
「本当?良かった。嬉しいよ。君に断られるんじゃないかって不安で。こんな事なら、もっと、もっと早く伝えたかった。好きだよ。」
「好きだよ。透」
「俺の方が、もっと大好きだ。」
お互いの気持ちがやっと伝わって。私達は暫くそのまま幸せを感じた。
「あのさ。今度、俺の家に遊びに来て。家族も歓迎するよ。」
「本当に申し訳ないのだけれど。ずっと前、表彰式で透のご両親に挨拶した時に素っ気ない対応されてさ。付き合ってるって知られたら、身の程知らずとか言われるんじゃないかなって。心配で。」
「それは取り巻きの連中と間違えられたんだろう。実際、僕の両親は君にはとても好意的なんだよ。ほら。」
透は私から離れて、スマホを取り出して画面を見せてくれた。そこには透と彼の両親とのやり取りがあった。デートを楽しんできてねと、両親が揃って可愛らしいスタンプを送っている。
「これって、私と付き合ってるって勘違いされてない?」
「海に一緒に行った時、告白したつもりだったんだ。受け入れてくれたと勝手に思って、浮かれてしまっていてさ。
今後は家にも来てもらいたいから、両親にも知らせておくべきだと話してしまったんだ。」
透はそう言い切ると、ため息を一つ吐いて遠くを見た。
「その話を両親が運転手さんに話してさ。運転手さんは彗の様子を知っているから、勘違いだって教えてくれたんだ。それは告白では無いって散々説教されたよ。
それで、図書館にデートした時に伝えようとしたけど。邪魔が入って延びてしまった。今日、やっと言えた。
両親にはあえて訂正しなかったのは謝るよ。付き合ってないって言葉にするのもつらくて。」
「あのね。実は、私も。図書館デートしてた時に告白しようとしてたの。だから、一緒だね。」
「君が俺に?」
透は口元に手を当て、耳まで赤くさせた。透のコロコロと変わる表情が年相応過ぎて。私と同じ気持ちが嬉しかった。
「ああ、この気持ち。どうしたら良い?俺、凄く幸せだ。」
「私も。透がずっとそんな気持ちだったなんて嬉しい。」
「可愛いな。彗、大好きだよ。」
「私も大好き。」
他の人の通る気配がするまで、お互いの気持ちを確かめ合うように抱き締め合った。その後は、ベンチで手を繋いで静かに幸せに過ごした。
ーーー
「そうかそうか。一件落着だね。」
書道教室で先生と2人になったタイミングで、透との関係が進展した経緯をかい摘んで話した。先生は顎に手をやり、ウンウンと嬉しそうに頷く。
「青春だね〜。良いね。刺激がもらえたよ。」
「先生のおかげです。相談に乗って貰って、ありがとうございます。」
「ううん。僕は大した事してないよ。そっか〜。だからか。彗、雰囲気変わったし。先生少し寂しいな。」
「私も成長しているんですよ。」
「だね。さあ、そろそろ教室を閉めるから気をつけて帰りなさい。」
「はい。」
来週透の家に遊びに行く約束をしたのは、流石に言えなかった。
スマホを鞄から取り出して、母に帰る連絡を入れようとしたら。駅中スーパーで売っている蜜柑ゼリーを買ってきて欲しいとメッセージが入っている。妊婦になると、特定の物が欲しくなるらしい。少し寄り道をして駅に向かおう。
「彗ちゃんじゃない。」
駅中スーパーで蜜柑ゼリーを3個カゴに入れて会計をしようと方向転換した時、声を掛けられた。スズさんだ。紺色のスーツを美しく着こなしている。着物姿とまた雰囲気が違って、綺麗だ。
「スズさん!こんばんは。」
「お姉ちゃんって呼んで欲しいのに〜。貴女もお買い物?」
「あ、はい。スズお姉さんもですか?」
「ふふっ。可愛いわね。ええ、今日は忙しくて。夫がご飯と味噌汁を用意してくれているから惣菜だけ買いに来たのよ。」
スズさんはそう言って、惣菜の入った籠を持ち上げた。左手の薬指には指輪が光っていた。
「ご結婚されていたんですね。」
「ええ。先週式を挙げたのよ。」
「それは、おめでとう御座います。」
「ありがとう。それより、透とはどう?悲しい事言われたりされたりしていない?」
私に優しく微笑む透を思い浮かべる。幸せな表情で横にいる透。
「ご心配ありがとうございます。最近はとても優しいですよ。」
「それなら良かったわ。透ったら、私が何度も好きな子には優しくしなさいって言ったのに『わかったから』って聞きもしなくて。彗ちゃんがあの子を良い方向へ変えてくれたみたいね。恋の力って素敵!」
「運転手さんの力だとおもいますよ。わたしはなにも…」
私の顔は赤くなっているだろう。スズさんといい、運転手さんといい。透の周りには彼を思ってくれる人がたくさんいる。私も透も、幸せ者だな。
「そろそろ帰らないと。じゃあ、またね。」
「はい。さようなら。」
フワリと良い香りを残して、スズさんは去って行った。
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