第2話 15歳の誕生日
「こんにちは、シアル王女様」
その男はまず初めに紳士的に頭を下げた。
それでもどこからか感じる野蛮さがかえって不気味な印象を与えられた。
長い前髪によれたシャツ、そして何より目を惹いたのは背中に生えている大きなトンボの羽。
地上の人間ではない、とすぐに気がついた。
そうなると彼は……
「
震える声でそう聞くと彼はニカッと白い歯をみせた。
「よくおわかりで、世間知らずのお嬢様じゃないんだ」
シアルはというと、この見知らぬ男に不信感と恐れを抱いていた。またもや他人の記憶を奪ってしまうのではないかと怖くなったのだ。
だから「出ていって」と彼を睨みつけたのに、その空人はシアルの言葉など意に介さず舐めるように部屋を見渡す。
「へー、王女様なのにこんなところに住んでるんだ。こんなところには冠も宝石もないか」
「冠?」
「そ、僕は泥棒だから」
彼がシアルの反応を確かめるように軽く言った。
「泥棒」という言葉に恐怖ではなく緊張を与えられる。
泥棒は欲がある、つまりは望みが多い――。
不思議なことにシアルは泥棒が入ってくるような状況がちっとも気にならなかった。並の娘ならば悲鳴をあげたり逃げ出したりするものの彼女は自らの力で男の記憶を奪ってしまうことを恐れた。
彼女は優しくて、臆病な娘だった。
「お願い、何も望まないで帰って」
「そんなこと言われてもなぁ……僕だってキラキラの宝物が欲しいからねえ」
彼の言葉にシアルは血の気がひいた。
「ダメ……ダメ!」と誰に言うでもなく周りに呟いて彼にすがる。
「なんだよ急に……、あれッ」
見るとどこからか光の気泡のようなものが現れ、お互いがくっつき合い、まるで葡萄のような形を作り出した。
シアルは相手の願いが叶う瞬間を初めてみた。皮肉にもその光景は今までに見たことがないほど美しくて――。
もはやその神秘的なぶどうを壊そうとも思えなくて、ひたすらに己の力を呪うばかりであった。
「え⁉︎すげー、ギラッギラの冠だ」
その光はさらに姿を変えて彼の望んだ宝物になる。
それを嬉しそうに手に取る男はなんとも幸せそうだった。
やがてはきっと彼は全てを忘れてしまう、宝物の代償に。
しかし、しばらくしても彼は記憶を無くした人特有の光のない瞳にはならなかった。少年のように澄んだ目は冠を嬉しそうに見つめて、欲があふれているようだ。
どうしてもそんな男の様子が気になってシアルは尋ねる。
「ねぇ、覚えてるの?」
「ん?どういうこと?」
キョトンとした様子の彼にシアルはまず安堵した。そしてもしや時間がたって自らの力を抑制できるようになったのかと希望をほんの少しだけ持つ。
だが、やはりシアルは『罪人』だった。
そんな小さな希望は彼の言葉でいとも簡単に壊されてしまったのだから。
「忘れるに決まってるだろ。それがお代ってヤツだ」
「……何よ、それ……」
さも当たり前のことのように言う男にシアルはなんだかムズムズと不快な気持ちになった。
「
空人はな記憶を金替わりにしてるんだよ」
「……よくわからない」
「例えばパン1切れは3日分の記憶。
そして空人の肉体は記憶そのもの。人間の記憶が多ければ人間の姿に、トンボの記憶があれば羽が生えたりね
僕はどちらの記憶も持っている」
彼は少し自慢気に自身のトンボの羽を動かす。
ガラスのような男の羽は美しくて、それでもどこか儚いと思った。
「君はただの便利屋。それだけのことだろう?
驚いたよ、まさか地上の民である君がそんな力を持っているなんて」
「こんなの地上では人を傷つけるだけの力よ……」
「そうだね」と彼は難しそうな顔をして顎を撫でる。
「僕は泥棒だと言っただろう?
1つ盗みたいものができた」
そして男はスッとシアルを指さして、悪戯っぽく笑う。
「3日後、またここに来るよ。君を盗みにね」
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