第四章 奸計と慮外 ー1(1)ー

「ふぁぁああああ……」


 回廊を歩くりんしんの口から、本日数十回目のあくびがもれる。昨夜睡眠薬を大量に飲んでしまったため、朝からずっと頭がぼうっとして全く授業に身が入らない。


(次、なんの授業だっけ……)


 凛心は、記憶を辿たどるようにこめかみをさすった。そうてんだんがくいんじゅんを代表する有名校なだけあって、学術・法術・武術の基礎科目の他に、不定期で様々な特別授業が開催される。月の始めに配布される時間割を確認すれば一目瞭然なのだが、ここのところの忙しさで、その紙もどこかに無くしてしまった。


(座学なら、ちょっとは写本の作業ができるかなぁ……)


 よこしまな考えを抱きながら、級友たちの後について教室に入った凛心は、目の前に広がる光景に思わず目を見開いた。

 壁一面に呪符の見本が貼られた広い教室の中に、大小様々な法器がずらりと並んでいる。剣、楽器、指輪など種類も豊富で、その数ざっと百はくだらない。しかも、そのほとんどは、凛心が書物でしか見たことがないような、珍しいものばかりだった。


(うひゃー……さすが金持ち学校……)


 父であるしょくざんどうじんも、それなりの法器の収集家であったが、この収蔵品コレクションは別格だ。凛心は思わず、これ全部売ったら一体いくらになるんだろうかと、目を銭の形にして計算を始めた。


「さて、諸君。そろそろ始めましょうか」


 後ろ手を組んだ三十代前半のれいな男性教師が生徒たちの前に立った。凛心の試験の試験官を務めていた、ちんゆんげん先生だ。


「法術を修めるなら、法器を熟知し、自在に操れてこそ、格上の術を使えるようになるものです。本日は、てんあんで広く法器を取り扱う『りょうよろずほうてん』より、特別に店主であるりょうしん氏にお越しいただき、学院の所蔵する法器に加えて、お店の貴重な法器を実際に見学させていただく機会に恵まれました。梁ラオバン(店主)、この度はご厚意に感謝いたします」


 雲弦が頭を下げると、教室の前に立っていた初老の男性が礼を返す。灰色の髪と眉、柔和にほほしわのよった口元とは対照的に、やけに目つきの鋭い人物だった。凛心の山で鍛えた第六感が、小さな警鐘を鳴らす。


「授業を始める前に、法器についておさらいしておきましょう。誰か、説明ができるものはいませんか?」


 雲弦が銀縁眼鏡を押し上げながらそう言った。凛心は手を挙げた。


へき凛心、答えてみなさい」

「法器とは、しゅうの持つ霊力を原動として、特殊な力を発揮する道具のことです」

「特殊な力とは、具体的にどんなものを指しますか」

「多くの法器は武器としての能力を有し、霊力で自在に動かしたり、一般的な武具以上の攻撃能力を発揮することができます。武器としての用途の他にも、防御、治癒、物体や生物の制御といった力を持った法器が存在します」

「法器の種類には、どんなものがありますか」

「剣・弓・筆・楽器・扇子・むちおびだま・香炉など、さまざまな形態が存在します。そして、法器ごとに強さや使える技が異なります」


 よどみない凛心の答えに、雲弦は満足そうにうなずいた。


「それでは、法器を使いこなすには、どうしたらいいかわかりますか」

「法器は、それを用いる術士の霊力に依存します。どんなに強力な法器を持っていても、扱う術士の霊力が低ければ、その効果を最大限に発揮することはできません。修練を積み、より多くの霊力を生み出せるようになることが、法器を使いこなすことにつながると考えます」

「間違ってはいませんね。しかし、答えとしては不十分です」


 雲弦は、後ろで組んだ手を組み直しながらそう言った。


「法器を扱うのに必要な霊力は、身・心・技によって強化されます。しかしながら、特に大きな影響を与えるのは、扱う者の心です。強き心を持つことは、己の霊力を増幅させること、ひいては自身の法器の力を増大させることに繋がります。だからこそ、術士である皆さんには、己を信じ、困難に打ちつ強さを身につけていただきたいのですよ」


 感銘を受けたようにうなずく生徒たちに、沈雲弦は満足そうな表情をした。


「では、これから、法器の名前・特徴などを書いた目録を渡します。それを元に、実際の法器をしっかり観察し、向学に努めてください。法器によっては非常に霊力に敏感なものもあり、扱いを誤ると暴発してしまう物もありますから、十分に気をつけてくださいね」


 生徒たちはそれぞれに感想を言い合いながら、広い教室内に散っていった。凛心も他の生徒たちに続いて、雲弦から目録を受け取り、早速目当ての法器を手に取ろうとした。ふと視線を感じて振り向くと、梁宸が凛心の腰のあたりをじっと見つめているのが目に入った。


「あの……なんでしょうか」


 凛心は梁宸に尋ねた。


「随分と面白い法器を持っているね」


 梁宸が言った。


ばんふでか。そんな上級法器を、君のような新入生が持っているとは驚きだね。どこで手に入れたんだい?」

「かつて術士として活躍していた父上からいただきました」

「へぇ、君のお父上は、かなりの法術の使い手だったようだね」


 梁宸は納得がいったようにうなずいた。


「して、お父上はその法器のことをちゃんと説明してくれたのかな?」

「ええ、思念を具現化する法器であると。しかし、誰かをだましたり、おとしめるようなことに使ってはならないと、教えられました」


「へぇ。なるほど、お父上は、礼節をわきまえた人間であるようだね。しかし、君に本当にその盤古筆を使う資格があるのかな?」

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