第三章 受難の日々 ー1(1)ー
波乱の入学式から三日が
「あー! 疲れた!」
一日を終えて部屋に戻ってきた凛心は、ばたりと寝台に倒れこんだ。四角柱の枕に顔をうずめて、使いすぎて涙がしみる目を休める。
「たかが学校なのに、なんでこんなに忙しいんだよ……」
凛心は大きな声で悪態をついた。今日は授業二日目だが、この学院のスケジュールの過密さは、彼女の予想をはるかに超えていた。
凛心は、ごろりと寝返りをうって、寝台の上に仰向けになると、ここ二日間の自分の生活を振り返った。
朝は起床の鐘の音と共に、
凛心はぴったりと合わせられた制服の襟元を、指で引っ張ってくつろげた。山の中で時間を気にせずに育ってきた凛心には、鐘の音にせき立てられるように動き回るこの学院の生活は、あまりにも窮屈に思えた。
「ちょっと夜風にでもあたるか」
凛心は気持ちを切り替えるために、寝台から起き上がって、廊下に出た。木製の欄干越しに、石灯籠が立ち並び、松や梅や桃が植えられた中庭が目に入る。
中庭を挟んでコの字型に作られた白虎寮の建物は、正面向かって左側が一年寮、右側が二年寮、そして中央の少し大きめの棟が三年寮となっている。それぞれの棟は六部屋ずつの二階建てで、三年寮や二年寮とは庭に面した屋根付きの廊下で
冷たい夜風に頭が冴えてきて、凛心は部屋の中に戻った。飾り棚に置いた、父と母の
痛む肩をこぶしで軽くたたきながら、窓の前に置かれた
(学びて時に
学問を志すものなら誰でも最初に学ぶ、経典の有名な一文を書き写しながら、凛心は次第に作業に没頭していった。やがて寮の外から、消灯時間を告げる鐘の音が響き渡る。
(もう消灯時間か……まぁ、半時辰くらいなら、守らなくても許されるだろ)
亥の刻(夜九時)に設定された消灯時間を鬱陶しく思いながら、凛心は筆を動かし続けた。少し経って、入り口の格子戸が小さく開き、二年寮の端の部屋で就寝しているはずの
「おい、凛心。もう消灯時間だぞ。さっさと明かりを消せ」
その顔はなぜか切羽詰まっていた。
「なんだよ、まだ一刻も経ってないだろ」
「何言ってるんだ、消灯時間後にそんなに堂々と明かりをつけている馬鹿がいるか。
「見つかったらなんだ」
焔嵐の言葉を遮るように、後ろからゾクリとするような声が響いた。焔嵐が振り返ると、少し目線が上がったところに、
「
腕組みをしながら、冰悧が焔嵐に問いかける。焔嵐は困ったように眉を寄せた。
「わ、私はただ……師弟のことが気になって様子を見にきただけで……」
「
冷ややかな目線を投げかける冰悧に、焔嵐が身振り手振りで凛心に明かりを消すように指示する。凛心は空気を読んで
「よろしい。二人とも早く休むように」
静かに言い置くと、冰悧は部屋を後にした。焔嵐も「もう二度とするなよ!」と何度も念を押して部屋を去っていった。凛心は入り口の戸に耳を当て、遠ざかる足音にじっと聞き入った。カタンと音がして、戸が閉まる音が遠くで聞こえる。凛心は
「へへっ、ちょろいもんだな」
三
「へっ?」
驚いて見上げると、銀色の髪が目に入った。行燈の柔らかな光がちらちらと映り、
「私を簡単に出し抜けると思ったか」
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