第二章 最悪の出会い ー2(3)ー
「だけど、今回も趙家がうまいこと鎮圧するんじゃないのか」
「それがさ、
「へぇ?」
「実は、趙家に加勢して戦に参加している父上から、今朝文が届いたんだが……」
その生徒が周囲を
「なんてことだ。これじゃあ、白虎組はますます締め付けが厳しくなりそうだな」
「ああ。そもそも、趙家は規律の厳しい術家だ。触らぬ神に
「おれ、白虎組じゃなくて本当によかった」
ほっとしたように息をつく音が聞こえる。
さらに話を続けようとした生徒のそばを、巡回にきた教員が通り、生徒たちは口をつぐんだ。周囲が静かになったため、学院長の話が再度耳に入ってくるようになった。
「──繰り返しになるが、この学院の設立理念は、絢の未来の
学院長の声が、広い講堂内に大河のように行き渡る。
「この学院にいる間、諸君には、己の学術・武術・法術にさらに磨きをかけ、立派な術士となれるよう、努力を重ねてもらいたい。もちろん、学院を卒業後、諸君はそれぞれの意志や天命に従って、様々な道を選ぶことになるだろう──故郷に戻って自らの
そう言って、学院長は長広舌を締め
凛心は固まった肩と背中をほぐすように、両手を体の後ろで組んで伸びをした。「絢のため、民のために生きる責務を負う」などと言われても、礼節を知るに必要な衣食住すら足りたことがない凛心にはあまりピンとこない。
「続いて、学院
議事進行役を務めている、
「これより、玄武組、青龍組、
そう言って、葉玉は白い玉を削って作られた、お守り札のようなものをかざした。水色の房がついた六角形の玉板の上には「
(やれやれ……)
凛心はため息をついた。
玄武組から名前が呼ばれるということは、白虎組の凛心はほぼ最後になる。
最初に呼ばれた生徒が、それこそ亀のような速度でしずしずと壇上に上がり、教員や寮監生たちに何度も何度もお辞儀をしながら、恭しく令牌を受け取る様子を見ていると、新入生全てに令牌が行き渡るまで、また軽く二刻はかかるに違いない。凛心は袖の中で腕組みをすると、
(はぁ……この式典が終わったら、王おじさんに小説本をだめにしたことを謝りにいかなきゃな……写本の依頼も調子にのっていっぱい引き受けちゃったし、しばらくろくに眠れなそう……)
ぐるぐるといろんなことを考えていると、なんだか頭がぼうっとしてくる。この学院に入学することを決意してから、一刻の休みもなく、勉強や写本の仕事に追われていたので、突然こんなにぽっかりと時間が空いてしまうとついつい眠くなってしまう……。
「……心! 聞いてるのかしら? ……白虎組、碧凛心!!」
「は、はいっ!!」
大きな声で呼ばれて、凛心は
周囲を見渡せば、全校生徒たちがヒソヒソ
「あいつ何ぼーっとしてんだ?」
「何度呼ばれても聞こえてなかったみたいだぞ」
「こんな大事な式典で居眠りしてたのか?」
批判するような声が耳に入ってくる。
思わず後方の在校生席にいる焔嵐に視線を送ると、彼は「は・や・く・い・け!」と口を動かしながら、必死に壇上を指差していた。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
凛心はパッと新入生席から駆け出すと、小走りで階段を駆け上がった。しかし、焦ったために最後の一段につまずいて、思いっきり舞台の上で転んでしまった。
ビターン! と大きな音が広々とした堂内に響き渡り、壇上に飾られた大ぶりの山吹の枝から、はらはらと黄色い花弁が舞い落ちた。生徒席のあちこちから、押し殺した笑い声が上がる。
「いたたた……」
凛心がヒリヒリする顔を上げて立ち上がると、白い虎の飾りがついた令牌を盆に載せた冰悧が、険しい顔で立っていた。その左手の小指には、金花の指輪が冷たく光る。
「みっともない……」
ぽつり、とつぶやかれた言葉に思わず耳を疑う。
「……やはりお前は、品性の
言外に先ほどの官能小説の所有を
「そんなに言うんなら、おれを
凛心は意地の悪い笑いを唇に浮かべて、
「五大術家だかなんだか知らないけど、おれはお前なんかに屈しないからな」
鼻で笑ってそう言い捨てると、凛心は礼もせず、舞台から飛び降りた。生徒席からどよめきが広がる。
「あいつ、五大術家の趙冰悧に一礼もしなかったぞ!」
「どこの名家の出身だ!?」
「あいつの学院生活も、もうおしまいだな! あの趙冰悧に目をつけられるなんて……!」
ヒソヒソと各所から
(へへ、ざまみろ)
冰悧から奪った令牌をくるくると指で回しながら、凛心は得意げに壇上を振り返った。
空の盆を手にしたまま
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