第二章 最悪の出会い ー2(2)ー

「王族なんかもこの学院に通ってるのか」


「もちろんですよ。ここは、絢各地の有力術家の子息が集う学院ですよ。しゅうの世界は良くも悪くも実力社会。己の強さに磨きをかければ、こくじょうだって可能な世界なんですから、修行を積み、自己けんさんに努めるのは、どの術家に生まれようと同じなんです」


 優毅が人差し指を立てながら、したり顔で解説した。


「なんで、趙冰悧は第二王子なんかと仲がいんだ?」

「はぁ〜……。碧学子って、本当に何もご存じないんですねぇ。この学院に入学されるのに、術家同士の関係も勉強されなかったんですか?」


 優毅が、心底驚いた顔をした。


「趙先輩と瑞鳳殿下は、従兄弟いとこ同士なんですよ。趙先輩の伯母上が、瑞鳳殿下の御母君ですからね。趙家は、王家である虞家と比肩するほどの財力と政治的影響力を誇る術家ですし、年齢が同じということもあって、小さい頃からずっと一緒に育ってきたみたいですよ。仲がいいのは当たり前でしょう」

「へー。金持ちは金持ちとつるむってやつか」


 凛心は頭の後ろで手を組むと、壇上の寮監生二人を見比べた。品格やたたずまいという点では、先ほどの『第二王子』よりも、冰悧の方がよっぽど王家の人間らしい感じがした。視線を感じたのか、冰悧がこちらを向く。しかし、目が合った瞬間、不機嫌そうに目をらされた。


「うわ、嫌味なやつ!」


 凛心は、その横顔に思いっきり舌を突き出してやった。


「ほら、新入生たち、着席しなさい! もう式典が始まるわよ!」


 壇上から教員の声がかかった。


「わ、いけない! 碧学子、早く席につきましょう!」


 優毅に促されて、凛心は小走りに新入生の席についた。


 その途端に大きな銅鑼どらが三度鳴り、壇上で教員や寮監生たちを左右に従えて座っていたはくぜん白眉の老人が立ち上がった。真っ白な髪をまげに結い、ゆったりとした白い衣をまとったその人物は、胸まである長いひげを揺らしながら舞台前方に立った。


「新入生一同、学院長先生に礼〜!」


 議事進行役の教員が、よく通る声で号令をかけた。

 新入生たちは糸でられた人形のように、きぬれの音を立てて一斉に立ち上がると、舞台に向かってお辞儀をした。凛心も急いで立ち上がり、無理やり周囲と調子を合わせるように、一拍子遅れてかっこうな礼をする。

 学院長と呼ばれた仙人然とした人物は、満足げに何度か頭を縦に振ると、口を開いた。


「生徒諸君、この度は入学おめでとう。花盛りのこの美しい季節に門出を祝う絢国の伝統に則り、本日新たにこの学院の一員となる君たちに心から祝辞を送りたい」


 そう言って手を胸の前に差し出して、きょうしゅの姿勢をとる学院長に、生徒たちはまた深々と頭を下げた。凛心も周囲の様子をうかがうように顔を半分あげながら、ぎこちなく礼を返す。学院長が生徒たちに着席するように促し、一同は裾を払って礼儀正しくしょう(背もたれのない布張の椅子)に着席した。


「若き諸君の門出を祝し、ろうはいの私から、少しだけ昔話をさせて欲しい」


 そう言って、学院長は袖を振った。ふわり、と霊力が駆け抜けるような不思議な感覚がしたと思ったら、天井の木彫りの絵が動き出し、新入生席のまわりに、幻影のような様々な人影が現れた。


「諸君も重々知っていると思うが、この国は陰の気をふきだす鬼穴を多く擁している。そのため、妖獣妖族、悪鬼悪霊、もうりょうの出現が後を絶たない。我が国の法術は、そうした脅威から民を守るために培われた特別な力である」


 人影が動き、やがて美しい衣をまとった術士たちの姿に変わっていく。かすみのように透けるそれぞれの術士たちは、法器と思しき武器を手に、おどろおどろしい妖怪や獣に果敢に立ち向かっている。


「しかし、時がつに従って、やがて法術は『民を守る』という大原則を離れ、術家同士の富と名声を競う道具に変わっていった。術門千家の権力闘争は何百年も続き、多くの命が犠牲になった。そのことは、ぜひ諸君も心にとどめておいてほしい」


 学院長が手を振ると、風に吹き消されるように獣や怪物たちの姿が消え、先ほどまで共に脅威に立ち向かっていた幻影たちが、今度はお互いに斬り合いを始めた。そして、その数は増え続け、やがて武器を手に隊伍を成した術士たちが進軍していく様子に変わる。


「君たちは、もはや絢統一戦争のことなど歴史上の出来事のように思っているだろうが、百を超えるこの私にとっては、まだ記憶に新しい。そして、そのねんは、まだこの国にくすぶっているのだ」


 学院長はそう言って、絢統一戦争の様子を語り始めた。その熱弁は、やがていまだ続く国内での術家同士の争い、国境をめぐる妖族との闘争、村々を荒らす妖獣討伐の必要性などに広がっていく。


 なかなか終わりそうのない講演に、最初は真面目に聞いていた凛心も、さすがに二刻を超えたあたりから気もそぞろになり始め、胡床の上で何度も座り直して必死に動き出したい衝動を堪えた。周囲に座る他の新入生たちも同じ気持ちのようで、あちらこちらから、ヒソヒソと私語が聞こえてくる。


「おい、聞いたか。また北方で戦が始まったってよ」


 とある生徒の声が耳に入った。


貂綾ダオリンの国境侵犯だろ。まったく、三年おきに戦火が立つなんて、煌北にはなかなか平安が訪れないな」


 煌北といえば、確かあの嫌味な趙冰悧の領地のことだ。焔嵐の言っていた戦の話は本当だったのかと、凛心は関心を引かれた。

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