第二章 最悪の出会い ー1(2)ー
「なんなんだよ、あいつ! 偉そうに!」
入学式典会場に向かって、建物や塀や回廊で区切られた校内を歩きながら、凛心は怒りに任せて近くの木を思いっきり蹴った。幹が揺れ、その上で休んでいた鳥たちがいっせいに飛び立った。
「お前……よりによって趙寮監生に見つかるなんて、運が悪すぎるぞ」
凛心の少し後ろを歩く焔嵐が、額に手を当てながら、うんざりしたような声をあげる。
「お前は知らないだろうけどな、あの人は趙冰悧先輩と言って、北方を統治する五大
焔嵐はそう言って、先ほどまで自分たちがいた白虎組の建物の方をちらりと見やった。
「さっき寮の掲示板に貼ってあった部屋割り表を見たけど、お前も俺や先輩と同じ白虎組だぞ。寮監生は、自分の組の生徒の素行を監督し、懲罰の判断もできる権限を持ってるんだ。人一倍規則に厳しいと
周囲に人のいないのをいいことに、脅すような口調で忠言を垂れる焔嵐の言葉を、凛心は
「
冰悧の法剣につけられた
「そりゃ、官能小説を持ち込んだのは、おれが悪いよ。でも、だからと言って初対面の人間の持ち物をいきなり破壊するなんて、まともな人間がやることじゃないだろ? 今日は入学式だっていうのに、なんであんなにピリピリしてるんだよ。法剣まで持ち出して、
体が凍りつきそうなほど強烈な恐怖が
焔嵐は、凛心の言葉に、なにかを思いついたように表情を変えた。
「なんだよ、嵐兄。意味深な顔して」
「いや、お前の言うことも一理あると思ってな」
「どういうこと?」
「北方五大術家の趙家ってのは、
五大術家である李家の長男の焔嵐は、同類の人間をおもんぱかるような表情を浮かべた。
「さっき、銀や
理解してやれよ、と言いながら、焔嵐はぽんと凛心の頭に手をおいた。凛心は不服気な表情のまま、煮え切らない思いを覚えた。
「でもさぁ。だからといって、だれかれ構わず剣を突きつけたり、威張り散らすなんておかしいだろ。自家のごたごたの鬱憤を、おれにぶつけないでほしいよ」
ああ、腹がたつ、と凛心は唇を
「痛っ……」
先ほどの傷に歯があたり、凛心は鈍痛に顔をしかめた。指で唇を触ってみれば、幸い血は止まったものの、切れた部分が腫れてジクジクと熱を持ち始めている。これではしばらく茶も飲めそうにない。なにより──。
凛心は苛立ちを募らせて、小さく舌打ちをした。
(純粋なる事故だとはいえ、いつか出会う運命の人のために十六年間大切にとっておいた
凛心はぎりっと奥歯を噛み締めた。
別に、
ああ、と凛心は暗い気持ちになった。
(こんな仕打ちを受けるなんて、おれは前世でどんな悪業を重ねたっていうんだよ……)
唇に手を当てたまま、己の不運を呪い始めた凛心を焔嵐が不思議そうに
「おい、凛心。その傷どうしたんだ?」
心なしか焔嵐の声が上ずっているように聞こえる。
「そういえば、さっき趙先輩の口にも同じような傷があったけど、まさかお前たち……」
そこまで言って、焔嵐は言いにくそうに口ごもった。凛心はそんな焔嵐の態度すら面倒くさく感じて、深いため息をついた。
「ああ、そうだよ、木から落ちた時、事故であいつの口におれの口があたっちゃったんだ」
図らずも初吻喪失だよ……と言って切れた部分を指差す凛心の唇を、焔嵐は信じられないといった表情でじっと見つめた。
そして、不意に悔しそうな顔をした。
「お前、これからはもっと気をつけろよ」
怒ったような口調で、焔嵐が言った。
「ここは男子校だぞ。初日からこんなんじゃ、先が思いやられる」
そして苛立ったように顔をしかめると、入学式典会場に向かって足早に歩いていってしまった。
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