第二章 最悪の出会い ー1(1)ー
「あだっ……あだっ……!」
細い枝に顔を引っ掻かれながら、
「危ないっ……!!」
警告の声が届く間もなく、凛心はその人の上に落ちた。口にガツンと硬いものがあたり、
(なんだこれ……?)
チカチカする目を開けると、美しく透き通った薄青の瞳がすぐ目の前にあった。その瞳は衝撃で見開かれ、自分のことをまじまじと見ている。
(あれ? なんでこの人……こんな近くにいるんだ?)
働かない頭でぼんやりと考えごとをしていると、大きな手が自分の体を押しのけた。唇に感じていた柔らかい感触が消え、口の中の鉄錆の味と、ほんの少しの名残惜しさが残った。
その人物は、
(はぁ……)
凛心は思わず我を忘れて、その人物に目を奪われた。
均整の取れた長身を白と水色の制服に包み、銀色の髪の上半分を青玉の髪飾りで結い上げたその人物は、春の日差しの中に
凛心の胸が、とくん、と高鳴った。
「──やってくれたな」
怒りを含んだ低い声が聞こえて、凛心はハッと我に返った。神仙のように美しいその人物は、血が
(ま、まさか──!!)
急いで自分の口元を触ってみれば、自身の唇も同じように歯があたったためか無惨に切れ、血が滲んでいる。
(う、嘘だろぉぉ〜〜〜っ!?)
凛心は、初めて自分がしでかした事の重大さを認識し、頭が真っ白になった。
なんと木から落ちた衝撃で、その人物を押し倒し、あろうことかその人の唇に、自分の唇を押し付けてしまったらしい──! しかし、そんな講談の滑稽話みたいなことが、現実に起こっていいはずがない!
「あ、あのっ!」
凛心は慌てて居住まいを正すと、回らぬ舌で事の
その時、頭上に枝を伸ばす桃の木から、赤い表紙の本が姿を現した。それは、謎の寮監生の足元にポトリと落ちると、風に
「!」
その人物の顔が一層険しくなった。風に煽られて開いたのは、先程、
目の前の寮監生は
「だ、大事な商品が!」
凛心は膝を擦って、地面に散らばった本の頁をかき集めようとした。しかし、
「あんた、いきなり何すんだよ!」
怒りも
「あ……」
凛心は思わず尻餅をつき、手を後ろについて後ずさった。謎の寮監生は、
「これは、お前のものか」
谷底の風のような低い声で、目の前の人物が質問した。氷のような霊気が、法剣から立ち昇ってくる。
「私の質問に、答えろ」
「そ、そうだよ」
「なぜこのようなものを持ち込んだ。この学院では、こうした書物は、禁止されていることを知らないのか」
「知るわけないだろ。誰が、この学院の規則なんか気にするかよ」
「ふん、この学院に遊びにきた類か。いい気なものだな」
「なんだと?」
侮蔑を帯びた声色に、凛心の眉間が険しくなる。自分の切羽詰まった状況を知らないで、批判の言葉を浴びせてくる相手に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「あんただって、そんなキラキラした剣なんか引っさげて、本気で剣術の勉強ができるのかよ」
「この法剣は、
「これは、父上にいただいた大切なものだ! 馬鹿にしたら、ただじゃおかないぞ!」
「私だって、お前のような世間知らずの
凍えるような言葉と共に、剣の
「ん……?」
凛心が無意識に紙切れを握ると、目の前の
「それを返せ!」
命令的な口調と共に、その生徒が凛心の手から紙切れをひったくった。そして、大事そうに
「凛心! 大丈夫か!?」
学生寮の陰から、焔嵐が走ってきた。彼は、抜き身の剣を凛心に突きつける長身の青年に目を
「
両手を組んで前に突き出しながら頭を下げる焔嵐に、趙冰悧と呼ばれた生徒が、冷たい目線を向けた。
「
冰悧の質問に、焔嵐は恐縮して再度頭を下げる。
「は、はい! 私塾の同門生として、二年間学業を共にした師弟です! 今年、縁あってこちらに入学することになりました。何があったかは分かりませんが、こいつは今日が学院初日です。学則を無視した行動を取ったとしても、勘弁してやっていただけないでしょうか」
「なるほど……新入生か」
冰悧は、薄氷のような瞳をすいと細めると、剣先で凛心の顎を持ち上げた。
「本来であれば、学院で禁止されている物品を持ち込んだ罪でお前を罰するところだが、新入生ということで、今日のところは見逃してやる。入学式典が終わったら、この学院の学則集を隅から隅まで読んでおくことだな。私が寮監生である限り、この学院の風紀を乱すような
威嚇するような目でぎろりと凛心を睨みつけると、冰悧は音をたてて剣を鞘に戻し、去って行った。
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