真夜中に手紙が届く
尾八原ジュージ
真夜中に手紙が届く
夏の夜、突然隣で寝ていた彼女がぼくを揺り起こして、
「今だれか来なかった?」
と言う。眠い目をこすりながら時計を確認すると、午前二時五分。
「こんな時間にだれか来るかよ……」
文句をたれるぼくに構わず、彼女は立ち上がってカーディガンを羽織る。
「ちょっと見てくる」
そう言って部屋を出ていく。幸いすぐに戻ってくると、
「郵便来てた」
と、ぼくに向かって白い封筒を差し出した。
宛名はあるが、差出人は書かれていない。これがドアポストに投函されていたらしい。
「きもちわる……なんだそれ」
「開けてみる」
そう言うがはやいか、彼女は白い封筒をびりびり破いて中のものを取り出し、
「これ、■■県の鍾乳洞じゃない?」
と言いながら、ぼくの目の前に突き出した。
確かにそれは前の年の夏、彼女と訪れた鍾乳洞のようだ。写り込んでいる看板に見覚えがある。封筒の消印も、鍾乳洞がある町のものだ。
写真の中央には、だれかが立っている。黄色いウインドブレーカーにスキニージーンズ。彼女がアウトドア的なお出かけの際、よく身に着けているものに似ている。
でも、写真に写っている人物には首がない。
「これ、よく見たらわたしの字じゃん」
彼女が破れた封筒を眺めながらつぶやく。ぼくはだんだん寒気がしてくる。
「なぁ、もう寝ようよ」
そう言って強引に彼女を寝室に引っ張りこみ、タオルケットをかぶせた。そこまでは覚えているのだけど、どうもぼくはそこで眠ってしまったらしい。
目が覚めると、彼女の姿がなかった。仕事に行ったんだろうと思っていたら、そのまま連絡がとれなくなってしまった。
わけがわからない。
彼女が残した手がかりがないかと思って部屋中を探した。何もなかったが、ぼくはあるはずのものがないことに気づいた。
あの写真と封筒だ。彼女が持って行ったのだろうか? でも、なぜ?
ぼくはためしに会社を休んで、■■県の鍾乳洞を訪れてみた。でも、何もなかった。
彼女はぼくの前から消えてしまって、それっきり。
ただ一度だけ、差出人の書かれていない手紙が届いたことがあった。
やはり夏の深夜だった。なにか気配を感じて目を覚ますと、ドアポストに白い封筒が投函されていた。やはり一枚の写真が入っている。
鍾乳洞の中で、黄色いウインドブレーカー姿の彼女が、カメラ目線で微笑んでいる。そしてその隣には、ぼくが持っているのと同じ青いウインドブレーカーを着た、首のない何かが立っている。
ぼくはその写真を持って、鍾乳洞を訪ねたりはしなかった。でも、写真は妙に捨てがたく、理由はわからないけれど、単純にゴミ箱に葬ることができなかった。
ぼくは写真を封筒に戻し、玄関の靴箱の上に置いた。すると、それはいつの間にか跡形もなく消えていた。
夏の終わりのことだった。
真夜中に手紙が届く 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます